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2007年02月15日(木) 00時00分

「崖っぷち」ペット無情朝日新聞

 急斜面に自ら迷い込んだ「崖(がけ)っぷち犬」は人の手によって無事救出された。一方で、人間の無責任さで「命の崖っぷち」に立たされる犬は膨大な数に上る。その実態を知ってもらおうと、上板町在住の動物のトリマー、渡部奈美さん(32)は自ら作成するフリーペーパーで地道に呼びかけを続けている。施設で処分されるペットの実態や去勢の必要性を訴えながら、不幸な動物たちが少しでも減ってほしいと願う。

(松谷慶子)

 環境省によると、全国での犬の処分数のピークは84年の約55万匹で、近年は10万匹以下。全国的には減少傾向だが、県動物愛護管理センターでの殺処分は1年間に約5千匹に上り、県民1人当たりの数は、全国でも有数だ。

 「家の中でフンをするから」「引っ越し先で飼えない」「別の犬の方がいい」などと、飼育を放棄する理由は様々。そうして施設に持ち込むか、屋外に捨てる人は後を絶たない。「崖っぷち犬」もそうした理由で山中に放置されたとみられる。

 物心ついたころから家には犬、猫などがいて、動物に囲まれて生活していた渡部さんは、子どものころから県内で捨て犬が多いことに胸を痛めていた。法律関係の仕事を目指して東京の大学に進学したが、法律家は事件がないと仕事が成立しない。「事件を解決するのではなく、防ぐことができれば」。実家での動物との触れあいを思い出した。
「動物の癒やしの力が役に立つかも」。そう感じて心機一転、トリマーを目指した。

 専門学校で資格をとり、動物病院や犬の美容院の勤務を経て、04年、故郷でトリミングショップ「あにまるわいやーど」を開店した。店ではトリミングのほか、飼い主のカウンセリングにも応じる。多くの飼い主と接し、相も変わらず県内では捨て犬や捨て猫が多いことを痛感。自身の手でフリーペーパーを作り、商品や動物の健康管理に関する情報とともに、殺処分の現状や引き取りを待つ犬の話を掲載し、「責任を持って動物を飼う」ことを呼びかけるようになった。

 その矢先の「崖っぷち犬」騒動。1匹の犬が全国から注目を集めているのを見た渡部さんは、居ても立ってもいられず、テレビ局や新聞社にFAXを送った。「このような犬を生み出す土壌が徳島にはある。そのことも合わせて取り上げてほしい」と。異常とも思える騒ぎを、「ひょっとしたら実態に目を向けてもらうチャンスかも」と、祈るような気持ちだった。

 結局ただのお祭り騒ぎになってしまったのか、騒動の後も現場付近に犬を捨てる人がいることを知った。

 「やっぱり地道にやるしかない」。渡部さんは、そう感じた。夫の義明さん(31)の協力を得て、フリーペーパーの内容をさらに充実させることにした。殺処分の現場にいる人、獣医師ら、より多くの専門家たちに寄稿してもらい、ペットを取り巻く現状を手厚く伝えていく。ページ数を増やし、約3千部だった発行部数も約5千部にして、県内や香川県の愛好家をはじめ、喫茶店や美容室にも配布している。

 イベントも構想中だ。しつけ教室、捨て犬に関するセミナー、ミニライブや露店などのお祭り的な雰囲気の中で、楽しみながら動物を飼う責任について考えてもらうのがねらいだ。既に、ペットショップや動物愛護団体に呼びかけ、協力を募っている。「最終的には、捨て犬を保護し、新たな飼い主に引き渡すNPOを立ち上げたい。一歩ずつやります」

 フリーペーパー「ワイヤードプレス」は隔月発行で次回は3月号。問い合わせは渡部さん(088・694・2259)へ。

 ◆姉妹犬にも飼い主決まる

 「崖(がけ)っぷち犬」の救助現場付近で保護され、姉妹とされていた犬の飼い主が決まった。県動物愛護管理センターの「譲渡会」の抽選には5人が参加。藍住町の自営業大北勢子さん(47)が当選した。幸せになって欲しいとの願いから「幸(ゆき)」と名付けた。

 生後約9カ月のメスで、顔や脚の形が「崖っぷち犬」に似ている=写真。大北さん方は、すでに元の捨て犬を含め2匹を飼っており、「庭で犬同士、仲良くやってます」。長男圭輔くん(5)が頭をなでてもおとなしくしているという。

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 大北さんが参加した11日の譲渡会では、27匹の犬の引き取り手を求めたが、17匹は飼い主が決まらなかった。

http://mytown.asahi.com/tokushima/news.php?k_id=37000000702150003