知的障害のある少女たちがわいせつ被害を訴えてから3年半が経過したのに、「被害」の詳細が確定できない。そんな事件をめぐる民事訴訟が千葉地裁で係争中だ。自らの体験をうまく伝えられない障害者や認知症の高齢者らから、被害の訴えを客観的に聞き出す方法が定まらない中、司法でどう対処していいか、誰もが苦悩している。
学校内で、担任の男性教諭から胸を触られたり、下着の中に手を入れられたりした——。
そう訴えたのは、県内の公立小学校に通っていた当時12歳と10歳の知的障害児。大学病院で「性的虐待による心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断された。
しかし、逮捕・起訴されて刑事裁判で強制わいせつ罪に問われた教諭については、一審の千葉地裁(05年4月)で無罪。二審・東京高裁(06年2月)も「わいせつ被害を受けたという部分については疑問を差し挟む余地がないように思われる」としたものの、被害の日時・場所の特定ができないことを主な理由に、控訴を棄却。検察側が上告を断念したため、教諭の無罪は確定した。
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第三者の目撃がなく、教諭も否認。しかも、少女たちが訴えた「被害」は、03年4〜7月にわたるものだった。
一般的に「被害の回数が多いほど、個々の特定が難しい。特定したことで、アリバイを主張されるケースもある」(捜査幹部)という。
県警と地検は、少女たちが親などに申告した状況や時間割表などを参考に「被害」日時の絞り込みを目指した。しかし公判では、その一部で、写真で教諭のアリバイが判明。検察側は控訴審では「不正確な時間割表を示され、捜査段階で(少女たちが)記憶を混乱させられた結果」と撤回しなければいけなかった。
また、少女たちが裁判での証言に臨む前に、「知的障害者の特性に配慮し、信頼関係を築くため」として、検察側が少女たちと打ち合わせたことに対する裁判所の評価も厳しかった。
「知的能力などから記憶の再現ではなく、練習の結果との強い疑いが残る」(地裁判決)
地検幹部は「健常者なら認められることがなぜ?」と憤ったが、男性教諭の弁護士は判決後、検察側の対応を批判した。「被害者側の思いこみをうのみにして、そのまま起訴した」
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この間、当事者が負った傷は少なくない。
裁判では弁護側から約1時間にわたる尋問を受け、悪夢に悩まされるなどPTSDを悪化させたという。「虚偽告訴」と書かれたビラが地元で配られた。一方、教諭も起訴休職が続き、今も研修中だ。
少女の1人(15)は06年5月、教諭と県などを相手取った損害賠償訴訟を起こした。
だが自治体側は「刑事事件で無罪が確定し、被害前提の対応を取ることは不可能」との立場を崩していない。
■少女わいせつ事件をめぐる検察、弁護双方の見解
【検察側】
「自己が真に体験することなく、具体的かつ詳細で迫真性のある証言をすることは不可能。本質的かつ核心的な被害は一貫しており、さまつな点で信用性を弾劾するのは無意味。(被害者に)『安心できる脈絡』で尋問することは医療の要請」
【弁護側】
甲山事件(※)の判例などをもとに、「核心的事項を構成する具体的な事実や関連する前後の供述などが一貫してこそ、信用性を与えることができる。年少児の場合、被誘導性が強いし、危険性がより大きい。健常児のような基準をあてはめてはならないという考えをとることはできない。うそをいうことがある」
※甲山事件=知的障害者の目撃証言を柱に検察側が殺人罪を立証しようとした事件。99年に無罪が確定。
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