橋本会長は今月一日の記者会見で、総務省が進める受信料の支払い義務化に関連して住基ネットに言及した。NHKホームページに掲載された会長発言を正確に引用しよう。
会長はまず「仮に支払義務化となれば、受信料の収納率を高めて増収を図るとともに、経費の削減にもいっそう努め、その成果を視聴者の皆さまに還元するのは当然の責務だと思っている」と述べ、受信料値下げも視野に入れた還元策を九月末までにまとめることを表明。続けて、受信料徴収経費の抑制を課題に挙げ、住基ネット活用に触れた。
「海外の公共放送では受信者の移動情報を得るため、テレビ購入情報の通報や住基ネットとの連動といった施策がとられている。NHKもコスト削減の観点からこうした外部情報の活用を求めていくが、実現できない場合、今後の効果を見極めていく必要がある」
受信料をめぐっては、総務省が支払い義務化を明記した放送法改正案を今国会に提出する方針。菅義偉総務相は義務化とセットで、NHKに二〇〇八年度からの受信料二割値下げを要求しているがNHKは抵抗。これに対し、菅総務相は一月二十三日の記者会見で、値下げのための経費削減策として受信料徴収の外部委託を求める考えを示した。橋本発言の前段には、こんな経緯があった。
発言を素直に解釈すれば、転居で住所不明になった受信料滞納者や未契約者の所在地を特定する経費節約には住基ネットの利用も選択肢、という考えにも聞こえるが、そもそもNHKの住基ネット利用は可能なのか。
住民基本台帳法では、住基ネット情報にアクセスできるのは市区町村、都道府県、国の機関、指定された法人に限られる。総務省市町村課によると、同法に列挙された指定法人は、いずれも行政事務を行う機関で、NHKは指定されていない。
■困惑する総務省「今の仕組みで」
法律改正でNHKを指定することも可能かもしれないが、「公共放送」であって「国営放送」ではないNHKを指定することが、「住民の利便を増進するとともに、国および地方公共団体の行政の合理化に資する」という法の目的にかなうかどうかは議論を呼びそうだ。
総務省の松田隆利事務次官も五日の記者会見で、NHKの住基ネット利用について「法的根拠や個人データ保護など問題がいろいろ出てくる」と述べ、慎重姿勢。正当な理由があれば、自治体が転居や死亡などで住民票を抹消した際に残す公文書「除票」の交付を受けられることを説明し「今の仕組みで徴収を徹底してほしい」と求めた。
住基ネットは、住民票コード、基本情報(名前、住所、生年月日、性別)、更新履歴の六情報をコンピューターネットワークで共有するシステム。政府は本人確認が簡単になり、引っ越し手続きが楽になるなどとPRしてきた。
しかし、大阪府守口市では稼働前に「住民票コード通知書」を市民に郵送した際、誤って他人のコードを記載し、情報流出。第三者になりすまして住基カードを不正取得する事件も各地で起きている。福島県内の町ではバックアップ用データが車上狙いにあい、北海道斜里町では住基ネット端末の接続パスワードなどがコンピューターウイルスに感染した職員のパソコンから流出。前者は情報が暗号化されており、後者は古いパスワードだったが、管理のずさんさが問題視された。
「住基ネット差し止め訴訟を支援する会」共同代表の田島泰彦・上智大教授(憲法)は「一番の懸念は、個人情報がコンピューターネットワークにつながれ、国のもとでさまざまな形で運営されていくこと。住基情報(四つの基本情報)にさまざまな個人情報がつなぎ合わさり、どういう人なのかが瞬時にコンピューターネットワークに組み込まれていくことが心配だ。現実に省庁のコンピューターネットワークはますます広がっている」と話す。橋本会長発言については「国側の考えだけでなく、マイナス面も伝え、プライバシーが大事にされているか突いていくことが報道機関として大切なのに、システムに乗っかろうと言い出すこと自体が不謹慎」と批判する。
■「行政効率化が名目のはず…」
ジャーナリストの櫻井よしこ氏は「行政効率化が名目の住基ネットに、不偏不党であるべき報道機関が相乗りすることなど、通る話でない。実は自治体をコスト高で困らせている面もある」。
住基ネット差し止め訴訟原告のジャーナリスト・斎藤貴男氏は「住基ネットは、あらゆる個人を特定するインフラ。税の徴収などに使いたがる意見があり、当然、NHKのような話が出ると思った。NHKの利用が構わないなら税徴収への利用拡大も構わない、金融業の利用も構わないという議論になる。あらゆる分野で使えば個人情報が漏れ、ストーカー、殺人、詐欺に使われるだろう。それも住基ネット事業のコストだ、監視カメラを増やせばいいと考えるなら怖い」。
■全家庭から徴収前提自体「変だ」
「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表で「NHK受信料支払い停止運動の会」(解散)にかかわった醍醐聡・東大大学院教授は「NHK自らが行政府に“借り”をつくる態度があらわだ。昨年十一月の大阪高裁判決で、住基ネットにおける個人情報保護対策の欠陥も指摘されたのに、認識が薄い」と指摘する。
厳しい批判を知っているのか、NHK経営広報部は九日、本紙の取材に「(橋本会長は)受信料の収納に外部情報の活用を求めていくということをあくまでも一般論として申し上げた。住基ネットの活用は海外の事例として紹介した」と説明。メディア各社が住基ネット利用への意欲と報じたが、会長の真意は違うと言いたげで「NHKとして住基ネットの活用を求めているわけではない」と言い切った。
しかし、「経費流用問題などで国民の納得を得られていないのに、全家庭から受信料徴収するのを当然と思うこと自体が変だ」(櫻井氏)という厳しい声もある。
個人情報保護に詳しい清水勉弁護士は「住基ネットをつくる時、安易に多方面で使うことはないと言っていたのに、行政手続オンライン化三法で、ほとんどの行政事務に使えることになってしまった。省庁間の仲が悪くて実際に機能していないのが幸いだが」。NHKが使えれば、公的性格の団体ならいい、と際限なく広がる可能性もあり「金融機関も使いたいと言い出すと、もうどこにも逃げられない社会になる。NHKはそこまで理解して大胆な提案をしたのか。冗談でも例え話でも、口にすべきではない」。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070210/mng_____tokuho__000.shtml