綿矢りささん
新作は、「夕子」の成長を追ってチーズのテレビCMが撮影され、国民的な人気を得ていく設定で、誕生前から18歳までの時間が描かれる。
『インストール』『蹴りたい背中』同様、若い女性が主人公だが、軽やかな一人称で高校生を描く前2作とは異なり、大人にまじり「虚構の世界」で生きる少女の時間の流れの速さを、密度の濃い文章で書きあげた。
『蹴りたい背中』から3年半。その間、短編をひとつ発表したのみで、新作の完成までにずいぶん時間がかかった。「文体を変えたくて、自分の中で更新するまでに時間がかかった。一人称というものの幅、限界を感じ、それ以外のものを自分でも読んでみたくて」
いくつもの物語を、書き出しては中断していた。「今度もだめかな」と思いながら書き始めた物語が思いがけずふくらみ、着手から1年ほどで完成させることができた。
始まりは、夕子の父母となる男女の別れ話から、というのが意表をつく。母は夕子を身ごもることで去っていく恋人を引き留めるが、のちの波乱はこの時から予感されている。
最年少19歳で芥川賞に決まった注目の若手作家だけに、「文芸」冬号に発表された段階でたくさんの批評が出た。新しい試みを評価するもの、「通俗」と疑義を呈するもの。若くして文壇のアイドルとなった綿矢さん自身の人生を重ねた、という読み方もあった。
「ぜんぜん違う世界なんですけど(笑)、似てると思う人もいるのかな。賞をもらってメディアに少しかかわった経験が、カメラの向こう側にいる人はどんな感じがするもんなんやろと、テレビの世界に興味をもつきっかけにはなった気がします」
17歳で非常に完成度の高い作品を発表し「早熟」の印象がある綿矢さんだが、前2作の経験を今回生かせたという実感は「まったくない」という。
「書いてる時は夢見てるみたいで、自分の夢なんだけどこの先どうなるかわからない」、そんな感じで書いていた。評価を得た文体をまるきり変えてしまう意識的な部分と、無意識に空気をつかみとる部分。そのバランスは自分でもわからないそうだが、「自分で決められるところは本当に限られていて、イメージに引っ張られていく」と話す。
昨年、大学を卒業して専業作家としての道を踏み出した。「やっと自由に書けるぞ、という気持ちが大きかった。これまでは書く時間をしっかり決めてたけど、これからは、もうちょっと気楽に生活と書くことを一体化させたような感じにできたら」。本好きで、本を読むことを支えに書いてきたけれど、今は人とのかかわりに創作が刺激されるという。デビュー当時から申し込みがあったサイン会も初めてやる予定だ。
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