(宮原洋)
電話をそれぞれ1台置いただけの小さなブースが四つ並ぶ。大阪市淀川区の社会福祉法人「関西いのちの電話」。発足した1973年以降、毎日途切れることなく、苦悩する人々の声に耳を傾けてきた。
ある日の夜から朝までを担当したボランティアの男性(58)は、相談員を務めて12年。過去には、こんな電話もあった。
「この世も最後。お別れを言おうと思って……」
深夜、受話器の向こうで、若い女性はろれつの回らない口調でこう言った。酒と一緒に睡眠薬を大量に飲んだとみられ、薬の瓶を振るカラカラという音が聞こえ、電話は切れた。
病苦、多重債務、介護疲れ、人間関係……。悩みは人それぞれだが、男性は「静かに苦しみを語ったあと、『もう、疲れた』と心の底から絞り出すような声を聞くと、受話器を持つ手が汗ばむ。このところ、そんなケースが増えたように感じる」と話す。
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「関西いのちの電話」へは、年間約2万件の相談が寄せられる。悩みを打ち明け、相談員の優しい声に自殺を思いとどまる人もいるが、府全体でみると98年以降、毎年2000人前後が自ら命を絶っているという悲しい現実がある。全国では、その数は年間3万人に達する。
運営には、事務所の賃貸料や人件費、通信費などに年間約1600万円がかかるという。公的な支援は、府の共同募金などからの約170万円だけで、多くを企業や賛助会員の寄付に頼っている。
98年ごろから、不況を理由に寄付を打ち切る企業が増加し、2005年度は155万円の赤字に陥った。1人あたりの負担の大きさなどから、相談員はこの10年で約40人減り、約350人となった。
運営に苦しんでいる団体はここだけではない。約30年前から自殺に関する電話相談を受け付け、遺族の集いなどを開いているNPO法人「国際ビフレンダーズ・大阪自殺防止センター」(大阪市港区)は、06年4月以降、資金不足から面接による相談会を開けずにいる。
府はこれまでに、自殺防止に関するホームページを作る一方、昨年末には専門家らによる対策協議会を発足させた。ただ「同様の電話相談窓口を持っており、団体への資金的、人的な支援については、今のところ考えていない」(府精神保健疾病対策課)のだという。
自殺問題に詳しい秋田大医学部の本橋豊教授(公衆衛生学)は「自殺を減らすためには、医療や司法、金融など、官民を問わず様々な窓口が連携しなければ効果は上がらない。相談実績のある団体には、行政が積極的に支援すべき」という。
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「仕事が見つかりました。ひと言、お礼が言いたくて」。昨年末、関西いのちの電話に、40歳代の男性から電話が入った。「以前、電話をした時は、本当にしんどかったんです。色々と言ったのにやさしく聞いてくださり、本当にうれしかった」。成果は見えにくいが、救われる命も少なくない。
心の苦しみに耐え切れない時、つながるホットライン。社会全体で支える仕組みを考えるべきだ。