——世界一が目前だ。
入社した一九六四(昭和三十九)年は「日産自動車に追いつけ、追い越せ」の時代だった。自動車産業はモータリゼーションの進展などで成長すると思っていたが、トヨタがここまでになるとは自分でも驚いている。
会社の先輩から「まだ上には上がいるぞ」とさんざん聞かされ、ビッグスリー(米三大自動車メーカー)は偉大な会社だとずっと思っていた。NUMMI(八四年に米カリフォルニア州で稼働したGMとの合弁工場)の誕生は「あのGMと組めるなんて」というのが正直な気持ちだった。
——品質と価格競争力がトヨタの武器だ。
きちんとしたモノづくりをするという考えを諸先輩が実践し、後に伝えたことが結実したと思う。そのベースは豊田綱領にある。私も自然と「愚直に、地道に、徹底的に」と口にしている。そういった努力を今後もしっかり継承していきたいし、進化させたい。
——その品質は海外生産が急拡大する中で、リコール(無償の回収・修理)が続発するなど問題が出ている。
私が入社して工場実習で見た「よい品よい考」の標語は、今もトヨタ生産方式のベースだ。どんなに量が増えても質が最優先であるという考えを変えるつもりはない。従業員一人一人が主役になって品質に取り組むべきで、自分の持ち場で問題を解決する。不良品を次の工程に送らないということだ。
質と量の両立はモノづくりの大前提だ。品質を良くすることは不良品の数を減らすことになり、結果的にコスト削減につながる。逆にコスト削減が品質低下を招きかねない、という見方があるが、それは違う。量と品質、コストは一体の関係にある。(それが実現できないなら)原点に立ち返るとか、発想を変えるとか、まったく違う角度から見ていかなければならない。
——頂点に立つと目標を見失いがちになる。
数的なものではなく、質的な目標で引っ張るべきだと思っている。質の向上なくして成長はない。確かに社外に数字を示す必要はあるが、数字は独り歩きする恐れがある。その結果、他社と比較され「あと何台で世界一だ」という話になるから怖い。数字を達成した瞬間に社内で慢心がはびこり、おごりも出てくるからだ。
——企業活動がグローバル化する中、人種や宗教などが異なる海外で日本流の生産方法を伝えていかなくてはいけない。
確かにマニュアルなどでノウハウを伝えられるかもしれないが、問題はモノづくりの「心」をどう刷り込ませるかだ。日本の技術者が現地に行って指導したり、海外から日本の工場に研修に呼び寄せたりしている。時間がかかるかもしれないが、そういった地道な試みを粘り強く続けていく。
今、企業や官庁などさまざまな所が「トヨタ生産方式を教えてほしい」と言っているが、ノウハウを学ぶだけではうまくいかない。失敗をしたら再発防止を考え、その達成感を味わうなど時間とエネルギーをかけないとなかなか身につかない。
——トヨタのモノづくりはグローバル社会の中で、誰もが共有できる普遍的な価値観になると。
国によって解釈は分かれるかもしれない。米国のテキサス工場では米国に見合ったトヨタ生産方式があってもいい。テキサス流のトヨタウエー(トヨタのやり方)だ。しかし、たゆまぬカイゼン(改善)やチャレンジ精神など根っこの部分は同じでないといけない。難しいかもしれないが、人種や民族の壁を越えることができると信じている。
わたなべ・かつあき 慶応大経済学部卒。1964年トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。92年取締役に就任し、常務、専務、副社長を経て2005年6月から社長。愛知県豊田市出身。64歳。
<メモ> 豊田綱領 トヨタ自動車グループの創始者、豊田佐吉の考えをもとに、長男でトヨタを創立した喜一郎らが1935(昭和10)年10月に定めた。「労使が力を合わせて産業を発展させ、国に貢献せよ」「時流に先駆けて研究と創造に励め」といった内容の5カ条からなり、現在もグループの経営理念となっている。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kei/20070112/mng_____kei_____002.shtml