神奈川県の男子専門学校生(20)の口癖は、「バカばっかり」。昨年の就職活動中でも、幾度となく、この言葉を発した。「オレを採らないなんてバカな会社だ」と。
有名企業を目指していた当初は「オレは簡単に内定を決める」と豪語していたが、採用試験で、具体的にどういう仕事をしたいのかと問われると、うまく答えられずに、十数社で不合格だった。落ち込みはしたが、いつものように、「バカな会社ばっかりだ」と思うことで、いらだちを抑えた。
特別成績が良いわけでも、何か特技を持っているわけでもない。でも、自分を大きく見せたくて、つい虚勢を張ってしまう。「オレは普通の専門学校生とは違う」。気がつくと、自分よりも「だめな人」を探し出して、見下すことで安心感を得ていた。
昨年末、アパレル企業の内定がようやく決まった。しかし、辞退するつもりだ。「第1志望じゃないし、自分には合わない」からだ。ほかに就職の当てがあるわけではない。とりあえずはフリーターでいいと思っている。
彼が通う専門学校によると、最近、卒業を目の前にして就職をやめてしまう生徒が増えている。その多くが男子だ。
教師の一人は言う。「本音は、きちんと働ける自信がないようです。まず、やってみたらとアドバイスしても、やってみてできなかったらカッコ悪い、という答えが返ってくる」
仮想的有能感——。昨年、約34万部を売り上げた「他人を見下す若者たち」の著者、名古屋大大学院の速水敏彦教授(教育心理学)の造語だ。
無意識に他人を見下すことで、「自分はエライ、有能だ」と思い込むことを意味する。
速水教授は「格差社会で負け組になりそうな人たちにとっては、生き抜くための最後のとりでなのかもしれません。でも、自分がだめだと認めたくないから、ささいなことでもすぐにキレる。自分に甘いけど、他人に厳しい。こんな現象が広がっている背景には、この仮想的有能感があるのでは」と指摘する。
そして、この傾向は、男性に強いという。一流大学から一流企業に入って家族を養う——。競争に駆り立てられ、社会のプレッシャーが、女性よりも大きいからではないかと、速水教授はみる。
「オレをバカにしているのか!」。受話器の向こうから中年男性の怒号が響いた。大手メーカーのサービスセンターにかかってきた電話だ。
「電池を交換したが、カメラが動かない」という問い合わせに、担当者が「電池のプラスとマイナスの入れ方は間違っていませんよね」と確認した途端、男性がキレた。
20年以上もクレーム対応を続け、それを著書「社長をだせ!」にまとめた川田茂雄さんは「バカにされたと感じて、突然キレるのは男性に多い。会社では偉くなくても、消費者として企業に対するときは、強くなれる。そんな人たちのはけ口にもなっているんです」。
「自分以外はバカの時代」。ノンフィクション作家の吉岡忍さんは、今の社会をそう呼ぶ。「長い不況などで企業や地域社会が崩壊し、人々はバラバラになってしまった。他人に弱みを握られないために、先手必勝で他人をけなす。自分以外はみんなバカ、と。そう思って自分を守っている。だから、だれかに同情したり共感したりしない」
臨床心理士の梶原千遠(ちおん)さんは、こう分析する。「女性は周囲との友人関係を重視しますが、男性は自分の能力にこだわる。他人をバカと思うのは、自分を認めてほしいという強い気持ちの表れではないでしょうか」
駅員への暴力過去最多
突然キレて暴力に及ぶこともある。日本民営鉄道協会によると、大手私鉄16社で2005年に起きた駅員への暴力行為は計139件で過去最多。JR東日本管内でも同年度、過去最多の356件発生した。昨年6月、埼玉県のJRの駅では、自動改札を乗り越えようとした10代後半の男性を、追いかけて注意した駅員が一方的に殴られた事件が起きた。駅員側に落ち度のない理不尽な暴力も多く、重傷を負うケースもある。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/otokogokoro/fe_ot_07011001.htm