男が泣く。人目をはばからずに。かつて、男の涙はタブーだった。なのに、なぜ?
大阪城近くのホールのステージで、主に関西地区で活躍するDJの「U(ユー).K(ケー).」こと、楠(くすのき)雄二朗さん(32)は言葉に詰まった。
テレビの音楽番組「ミュージック・エッジ」の公開収録中だった。昨年のNHK紅白歌合戦で「HOME」を歌ったアンジェラ・アキさんのピアノの弾き語りを聴いた後、涙がにじんできた。
「なにをウルウルしとんねん」。相方の司会者にたしなめられて我に返った。「彼女はデビュー前から何度も番組に出てもらっていた。いい歌だと思って、つい……」
楠さんは「泣きのU.K.」と呼ばれている。本番中に感極まってよく泣くからだ。
番組で初めて泣いたのは5年前。京都の女子大の学園祭で、コンテストの司会をした後だった。実行委員の学生から謝礼の代わりに、花束と携帯電話を置く台をもらった。「喜んでもらえた」と思った瞬間、「もうダメだった」。
スタッフからは「なんであそこで泣くのかわからん」と言われたが、視聴者の反応は違った。「共感した」「すてきだった」とのメールが届いた。その後も、番組で泣くたびに反響が寄せられる。
世界的に見ると、男の涙は感情表現の一つで、珍しくない。アジアの顔文化を比較研究している大阪樟蔭女子大の村澤博人教授によると、日本の葬式に参列した留学生は、気丈な親族の男性を見て「悲しくないのか」とけげんに思うという。
韓流ドラマの男優スターたちは、恋人との別れがつらいからと号泣し、再会すればうれし泣きする。欧米でも悲しい時に、泣くのは当たり前。南米では、涙に加えて、身振り手振りでも悲しみを表す。
「それに比べて日本人男性は、極端に顔の表情が乏しかった」と村澤教授は指摘する。悲しい時に限らず、つらい時も、うれしい時も、日本の男は泣かなかった。
転機が訪れたのは1980年代の半ば。「男も顔にこだわれ」と男性用美容パックが発売され、「しょうゆ顔・ソース顔」という言葉が流行した。感情を抑えなくていい、という価値観も芽生えた。
「当時、男の涙に否定的な見方が強かった。だが、20年余りたって一般化してきた」
昨年11月、東京・白金台の結婚披露宴で、新郎の会社員(29)が約100人の招待者の前で号泣した。
「オヤジ、これまで育ててくれてありがと〜」
ビデオ映像で、新郎新婦の歩みをたどった後だった。列席した若い女性たちがもらい泣きした。
披露宴で、新郎が涙を見せることが珍しくなくなった。この式場では「10組のうち、1人か2人はおられます」。
「2、3年前からですね。手作りの演出や最後のあいさつが引き金になりやすい」と話すのは、大阪のブライダル会社社長の広石吉伸さん(50)。「心からの祝福に感激するのでしょう」
楠さんは小学生のころ、事故で亡くなった友だちの葬式で涙をこらえた。帰宅して母親に「ボク、がまんしたよ」と告げると、「アホ、泣かんのは鬼や。人間は悲しい時、泣いていいんや」と怒られた。以来、自然体でいいんだと思うと、楽になった。
泣きたい時は泣く。その方が楽だし、人間らしい。そう考える男性は、若い世代に増えている。
「ただ、涙の持つ悲しみや悔しさ、感動、うれしさなどのニュアンスをまだうまく伝達できていない。世界標準に近づくにはもう少し時間がかかるでしょう」と村澤教授。
スタイルやファッションといった外見に加え、心の動きを上手に表現する力も、大人の男を表す一つの指標になっている。
宇宙人の涙CM好評
カラオケ店員になりすました“年配”の宇宙人(トミー・リー・ジョーンズ)が、テレビから聞こえる演歌に涙を流す——。そんな缶コーヒーのテレビコマーシャル(CM)が、オリコンのCM好感度調査(高校生総合、昨年12月度)で7位に入った。アイドル出演のCMが上位を占めるなか、こわもてのハリウッド俳優が支持されるのは異例という。男の涙が若い世代の共感を呼んだのか。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/otokogokoro/fe_ot_07010901.htm