京都市内の大学の学生食堂の一角に人だかりができていた。かつら販売などを行うアデランス(東京)が、髪や頭皮の状態を無料で調べる「出張ヘアチェック」を行っている。列を作ったのは、パーマをかけたり、茶色に染めたり、流行の髪形の男子学生だ。
チェックを終えた大学院生(24)は「親類に髪の薄い人が半分ぐらいいる。将来、自分がそうなるのか気になる」。彼の友人(23)は「特に問題なし」と言われたが、「大丈夫だと保証されたわけじゃない」と、まだまだ不安は消えない。
「薄くなってからでは手遅れになるから」と、早めにケアをしておこうとする若者が急増している。同社が大学の文化祭などに招かれるようになったのは7年ほど前から。その数は年々増え、昨年は約40大学にも上った。
東京都新宿区の頭髪専門病院「城西クリニック」。1か月の新患約200人の2割ほどが、治療の必要のない若者だという。院長で精神科医の小林一広さんは、「頭髪が薄くなって、一人だけ老けてしまうのは困る」という彼らの思いを強く感じるという。
自分らしさにこだわる世代なのに、人と違う部分があると逆に自信を失ってしまう。小林さんは、そう思って「君に足りないのは髪ではなく、自信だ」と励ますことにしている。
〈大介はずっとうつむいて歩いた。外を歩くことが恥ずかしかった。「これは僕じゃないんです、これは本当の僕の姿じゃないんです」〉
昨年秋に出版された小説「デブになってしまった男の話」(求龍堂)に登場する主人公の「大介」は、著者の鈴木剛介さん(37)自身がモデルだ。
大介は自動車事故で入院した1か月間に、菓子を食べ過ぎて35キロも体重が増え、101キロの「デブ」になった。街ですれ違う女性に、心の中で言い訳し、電車の窓に映る自分の姿に戸惑い、泣き崩れる。
「デブは醜い、僕は醜い」とコンプレックスを募らせる大介の心の叫びは、鈴木さん自身のものでもある。
身長1メートル85の鈴木さんも20歳代後半のころ、暴飲暴食がたたって1年ほどで26キロ太った。やせていたころは「街を歩いていると女性に声をかけられる」ほどだったのに、「ぽんぽこりんの腹」になり、夏、汗だくになる体形になって自問自答する。「本当の僕って何だっけ?」
「ちょい不良(わる)おやじ」「ダンディー」「イケメン」……。おしゃれで見た目の良い男性を形容する言葉があふれている。男たちは、肌の手入れをしたり髪を染めたり、ピアスをしたり、自分の体の細部にこだわるようになった。
ネット上で若い男性の行動などを読み解いている編集者の深澤真紀さんは「これまで男たちは女性のファッションや化粧などを『見る』だけだったけれど、自分自身も『見られる存在』になってきた」と話す。
「彼らのこだわりの基準は他人にどう見られるかよりも自分が好きな自分かどうか。自分で評価できない自分を他者に見られたくないのです」
鈴木さんは今、80キロ台まで減量した。「デブ」という思いは消えたわけではないが、「デブかどうかはどうでもいい」と思うようになった。数年前、妻(35)と出会ったことが大きな変化をもたらしたという。
「素のままの自分を受け入れてくれる人ができたことで、『僕はこれでいい』と思えるようになった。見た目にこだわったのは、心から信頼できるパートナーがいなかったから。自分のコア(核)がなかったんだと、今ならわかります」
視線気にする小学生男子
学習研究社(東京)がまとめた「小学生白書 2005〜2006」によると、「いつもだれかに見られている気がする」という設問に「そう感じる」と答えた男子は17・6%で、女子(15・9%)より多い。学校にいる時に「先生の目が気になることがある」男子は18・2%と、これも女子(17・0%)を上回った。小学生男子も「見られる」ことが気になるようだ。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/otokogokoro/fe_ot_07010601.htm