12月17日、日曜日の午後3時。鉛色の空の下、赤と茶色の車両がゆっくり近づいてくる。
銚子電鉄の西海鹿島(にし・あしか・じま)駅。インターネットの巨大掲示板「2ちゃんねる」を見て集まった12人の男たちが、ぞうきんや鎌などの掃除用具を手に、車両を見送った。
車内には、2枚の吊(つ)り広告。車両の歴史を説明する文面に、「We love Chou—den@2ch」と添え書きがある。「2ちゃんねる」の有志が、お金を出し合って買ったものだ。
銚子—外川駅間約6・4キロを走る銚子電鉄は、日本初の廃止反対運動が起きた鉄道といわれる。前身の銚子遊覧鉄道時代、1917(大正6)年に廃止が決まり、千人以上の住民が会社に直訴するなどした。90年後、今回は、ネットを通じて全国を巻き込んだ。
12人は、駅舎掃除の手伝いをしようと、「2ちゃんねる」で企画されたオフ会(集まり)に参加した。窓ガラスは曇っていた。軍手をはめて看板をふき、鎌でホームに生えた雑草を刈った。
会社員や県職員、自営業者など、多くが社会人。愛知県豊田市の男子高校生は、今春JRに就職する。
ゴミ袋に雑草を入れていたのは、個人で卸売業を営む小野俊之さん(30)=東京都小平市=。
「赤字、補助金漬けでも漫然と経営している所があるのに、銚電は本音で頑張っている」
資金面の助けにと、車内の吊り広告を買う企画で、まとめ役になった。
発端は昨年11月15日夜。同社のホームページに掲載された一文だ。
「電車運行維持のためにぬれ煎餅(せん・べい)を買って下さい!!」
負債3億円以上。昨夏、前社長が逮捕され、銀行融資や行政の資金援助が断ち切られた。腐った枕木や遮断機、検査期限が切れた車両。お金がなかった。
「2ちゃんねる」が反応した。
スレッド(話題の項目)をランキングするサイト「2NN」の運営者・中島竜馬さん(31)が「おそらく初めて」とみるのが、翌日午後11時前の「銚子電鉄を救おう」というスレッド。煎餅の購入が呼びかけられた。
「無理。たたくのは得意だが助けるのが苦手な集団だ」
共感の声も。
〈寄付金だのって言わないで自分たちもがんがる(頑張る)から協力よろ(しく)って感じのところに好感が持てるな〉
煎餅の購入状況が報告されると、「直接お金が落ちる方法はないか」と議論が発展。「車両のラッピング広告はどうだ」「寄付はだめか」
2日後、「オフ会を開こう」というスレッドが立つ。車内の吊り広告の枠を買うという案で、議論がまとまり始めた。
小野さんは、21日に話題を知った。「会社に負担がかからず、利益率が高い」という車内吊り広告は、1枚で1カ月2千円と格安。思い切って鉄道部次長の向後功作さん(43)に連絡。掲示板にメールアドレスを公開して費用を募った。
1週間足らずで、22人から11万2636円が集まった。12月1日、1両に2枚ずつ、計8枚が掲示された。
地元でも、沿線住民が駅に座布団を寄付したり、商工会議所青年部などの有志が、ボランティアや寄付の受け皿になる組織を計画中だ。
有志の男性(43)は、地元には存続反対派がいることも踏まえ、「全国から注目が集まり、銚子の観光資源として潜在能力を改めて気づかされた。見直してみてもいい、という人を一人でも増やしたい」という。
向後さんは、個人的に始めたブログを、「きょうも無事に運行は終了しました」で書き出す。支援への感謝と会社の取り組みを綴(つづ)り、1カ月で12万アクセスを突破した。
国交省関東運輸局から事業改善命令を受けている。1月24日までに改善状況を報告しなければ、運行停止や事業許可の取り消しもありうる。ぬれ煎餅は注文数が1万件を超え、ようやく1台分の検査は実施できた。
ネットの議論は続く。新たに57万6602円が集まり、車内吊り広告を3年間、駅の掲示の枠は1年分買った。
「会社や地元と連携して、ネットのみんなが共感できる活動をしたい。ハッピーエンドを、一緒に見てみたい」。小野さんはそう話す。
観光客で込み合う元旦。駅員に交じり、「2ちゃんねる」上で募った十数人のボランティアも、乗客整理の補助などにあたっていた。向後次長と小野さんが相談して募集した。銚子電鉄は、犬吠埼の日の出を見に行く人たちを無事に輸送し終えた。新たな、厳しい1年が始まった。(丸山ひかり)
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