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2007年01月02日(火) 00時00分

【1】千葉市 サイバーの中のリアル朝日新聞

 まちは舞台だ。そこからしか見えない風景、息づかい。人々の紡ぐ物語の記憶は、歴史として、あるいは伝説として積み重なっていく。まちに出て目をこらし、耳を澄まそう。代わり映えのない景色? しかし、新しい旋律は奏でられている。小さな物語かもしれない。それでもあなたのまちは、今も、これからも、瑞々しい舞台だ。まちの「新しい物語」を、まずは千葉市から。

 客がチャンポンをすする。6人でいっぱいになるカウンターの角には、デスクトップパソコン「iMac」。キーボードには、スープなどがかからないようラップがまいてある。

 「あみっぴぃ、見てるんですよ」。中華料理店「ぎやまん亭」の主人、石川良和さん(66)が厨房から顔を出す。

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 JR西千葉駅北口、千葉大の敷地沿いに延びるゆりの木通り。ぎやまん亭はテーブル席を合わせて席の小さな店だ。

 午後時に閉店、片づけを終えると日付が変わる。石川さんと妻の世喜子さん(59)がパソコンをのぞくのは、その頃だ。インターネットで「あみっぴぃ」につなぎ、店へのコメントを見たり、なじみの客の日記を読んだりする。

 あみっぴぃは、地域ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)。06年1月、西千葉に縁のある人たちを会員に立ち上がった。紹介者を通じて入会し、会員同士が日記を掲示したり、グループを作ったりできる。石川さんは「ぎやまん」というニックネームで登録されている。

 ただ、自分では日記はめったに書かない。06年もわずかに3回。書いたのは世喜子さんだ。1回は10月、両親と障害のある娘さんの3人連れが来店した日のこと。

 母親が、店のメッセージボードに目をとめた。養護学校の生徒がつくったものだ。「この子も通っていたの」と世喜子さんに声をかけた。

 《娘さんが、つかつかっと私の前に来られ、黙って手を差し出した。……今日の握手は世界一だ。いまでも柔らかい手の感触が残っている》

 午前1時20分、2時間がかりで書いた16行を載せた。39分後、田畑みどりさん(52)=ニックネーム・みど=が「手のぬくもりがこちらにまで伝わってくる」と感想を寄せた。翌日までにさらに3人が感想をくれた。

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 84年、サイバーパンク小説の代表作「ニューロマンサー」が米国で出版される。現実世界と電脳空間を自在に動く主人公の物語。幕開けの舞台に作者ウィリアム・ギブスンが選んだのが、千葉市だ。

 そして世紀の千葉市。そこで始まる物語は、ネットを介したリアルな人の結びつきだ。

 あみっぴぃを運営するNPO「トライワープ」によると、登録会員は12月末で1100人余り。77歳を最高齢に千葉大などの学生と地域の人が半々。約3割が40代以上だ。「顔が見えない」ネット空間。しかしここでは、顔を知った者同士が本名で語り、大半の会員が写真を掲げる。

 トライワープ代表の虎岩雅明さん(27)は千葉大の卒業生。「知り合いの人同士を、より深く結びつける。あくまでリアルと結びついている関係を目指す」と言う。

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 美容室「MADOKA」は、ぎやまん亭から約50メートル。オーナーの海保真さん(65)=同・あみーご=は、ぎやまん亭が開店した18年前からの常連だ。店に入れば「チャンポン」「ギョーザ」と声をかけ、新聞かマンガを取って席に着く。そして「ごちそうさま」。

 そんなつきあいが、最近少し変わった。

 「前から気になってた」と海保さんが言い出し、2人で店のコンクリートの床を、ユリノキの葉の模様に塗り替えた。「あみっぴぃで、互いの隠れた部分を知ったから、おせっかいもできた」と海保さん。石川さんも「『客』から『仲間』になった」と話す。

 海保さんは中学を出た56年から5年間、西千葉の新聞販売所に住み込んだ。毎朝午前2時、土埃の砂利道を西千葉駅へ。新聞の束を受け取り、夜明け前の街を隅々まで駆け回った。そして63年、美容師の資格を取る。

 「学生が街とかかわるきっかけを作りたい」という虎岩さんと出会ったのが03年夏。虎岩さんが開いたパソコン教室に誘われるままに通い、04年5月、ブログを始めた。3年は続けると誓った。

 05年秋、新聞にSNS大手「ミクシィ」を紹介した記事が載る。「虎さん、これやろうよ」「もう、考えてます」

 西千葉の地域通貨「ピーナッツ」。これを使う時、利用者は店の人と握手をし、「アミーゴ」と合言葉を言う。これにちなんで、名前は「あみっぴぃ」。立ち上げと同時に海保さんも会員に。直接知っている会員数は130人を超す。街を歩けば「昨日のブログ、読みましたよ」と声がかかる。昨秋には、学生約人の「まちあるき隊」が2カ月がかりで西千葉周辺の約750店を取材、あみっぴぃで公開した。これを含めた西千葉の街おこしの取り組みが、あみっぴぃ上の情報交換で広がる。その活動の成果を発表するイベントも、年末に開かれた。

 西千葉で、半世紀。学生が根付き、道は舗装され、ユリノキが植わり、駅は高架化された。

 移り変わる街を見ながら、しかし今ほど、新たなつながりの予感を覚えたことはなかった。ブログは5月で丸3年。でも、その先も、やめそうもない気がしている。
(山野健太郎、桂禎次郎)

http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000330701020001