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2006年10月26日(木) 00時00分

締め出される少数者 性同一性障害で解雇 東京新聞

 大阪の社会福祉法人で性同一性障害(GID)の当事者が職場でいじめを受けたうえ、解雇された。二年前、条件付きで当事者の戸籍の性別変更を認める「GID特例法」が施行された。しかし、事件は社会的な偏見や差別が根強い現状と、増え続ける非正規雇用の二重の壁を照らし出した。「正しい家族像」「再チャレンジ」が強調される中、少数者たちは危機感を募らせている。 (宮崎美紀子)

 「GIDであること以外に解雇された理由が思い当たらない。つらかったのは職場で孤立させられたこと。裁判を起こせば『GIDの人は難しいから、もう雇わない』と思われる心配はある。でも、黙っていても社会は何も変わらない」

 待ち合わせた喫茶店で、Kさん(50)は控えめに語った。薄い青のカーディガンにスカート姿。おとなしそうな中年女性に見えた。戸籍上は現在も男性だ。

 Kさんは今月十一日、大阪地裁にGIDを理由に不当に解雇されたとして、かつての職場を相手取り、解雇の無効と慰謝料二百万円などを求めて提訴した。

 Kさんは二〇〇四年九月、野宿生活者の健康や就労相談を担う巡回相談員として、大阪市から事業委託を受けた社会福祉法人「大阪自彊(じきょう)館」(吉村和生理事長)に採用された。

 巡回相談員は約三十人。仕事内容は通常二人一組で、市内で割り当てられた地区の野宿生活者のテントを回る。勤務は週五日、一日八時間。契約期間は半年で、給与は手当込みで月十七万円弱。解雇されたことし三月末までは自動的に契約が更新されていた。

 Kさんは長く性的違和感を覚えていたが、家族への遠慮から男性として暮らしてきた。しかし、〇三年から女性として生活を始め、やがて医療機関でGIDの診断を受けた。採用の面接時に髪を伸ばしている理由を尋ねられ、GIDであることも申告している。

 職場での風当たりが強くなったのは、女性の服装で出勤するようになった昨年四月から。二カ月後、相談業務の責任者から「通報されるから女性トイレを使うな」「化粧をするな」と言われた。「(その姿では)野宿者にバカにされる」としかられたこともあった。

 そのころ、福祉関係のシンポジウムに女性の服装で出席したことが伝わり、後になって法人内で「自彊館の名前を汚した」と問題視されていることを知った。

 その後、上司が代わったものの、状況は一段と厳しくなった。区役所の施設で野宿生活者と相談することもあったが、ペアの相手から「区役所の面接室に入るな」となじられた。

 「細かい嫌がらせだったけど、車で巡回していて、区役所でトイレに入っている間に置き去りにされたこともあった」(Kさん)

 Kさんは事情を理解してもらおうと「性同一性障害について、周りの理解を深めるような学習会をしてほしい」と職場に申し入れたこともあった。だが、聞き入れてもらえなかった。

 ことし二月、新たな診断書を提出し、円滑に仕事をできるよう配慮してほしいと訴えたが「その必要はない」とはねつけられた。

 翌月、契約更新の間際に上司から「退職の手続きをとってくれ」と一方的に解雇を告げられた。理由は一切、説明されなかった。

 Kさんは解雇された直後、非正規雇用者の問題に力を入れる個人加盟の労働組合「ユニオンぼちぼち」(京都市)に加入した。

 ことし四月のユニオンと自彊館の団体交渉で、自彊館側は「面接(相談)件数が少ない」と解雇の理由を挙げた。巡回後には巡回者の名前が報告書に記録される。しかし、Kさんや元同僚によると、Kさんは報告書を書かせてもらえず、ペアの相手が書いた場合、Kさんの名前は記されなくなったという。

 そうした背景があるからか、自彊館側はその後、ユニオン側に「現時点として打ち切りが正当である理由を説明することはできない」と通告している。あらためて取材すると「訴状が届いていないので何もコメントできない」と話した。

 解雇前の状況について、元同僚は「巡回に出ても前に出るなと怒られたり、荷物持ちをさせられたり、仕事をさせてもらっていなかった」と証言する。法人内で「性同一性障害やと分かっていたのに、なんで入れたんや」というせりふを聞いたこともあったという。

 Kさんと、かつての巡回場所だった野宿生活者のテントが集中する地区を歩いた。五、六人の男性グループがKさんを見つけ、「あんた、最近見んかったな。どないしとったん」と親しげに話しかける。

 一人の男性は、記者(女性)に「あんたは本物(の女性)か」と軽口をたたいてすぐに「本物いうんはヘンやな。生まれつき女か」と言い直した。Kさんは黙って笑っていた。少なくとも、法人側の言う「バカにされる」という雰囲気とはほど遠かった。

 Kさんが「あの人、たぶんマイノリティー(少数者)です」と耳打ちした。中年女性にしか見えない人を見かけたのだが、Kさんは「同類」の人だという。

 「野宿者の中にも性的マイノリティーが結構いる。社会に居場所がなくて、落ちてしまった人もいると思う。そういう人たちを救う窓口はないので、相談相手になりたかった。できることなら、もう一度巡回の仕事がしたい」。そう、かみしめるように語った。

 自ら同性愛者であることを公表している地元の大阪府議、尾辻かな子氏は「社会には一定数の性的少数者がいて、全体で社会が構成されているという認識が日本にはない。マイノリティーであるがゆえに耳を傾けてもらえない」と憂う。

 自助団体「性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会」の山本蘭代表は「性同一性障害という言葉が浸透し、大企業では産業医が研修を積んで対応を決めているところもあるが、中小企業では難しいし、同じ会社でも上司によって対応が違ってくる。少しずつ改善されてはいるが、まだ良くなったとは言えない」と語る。

 Kさんのケースでは、性的差別とともに、非正規雇用者の不安定な立場という問題も内包している。

 東京管理職ユニオンの設楽清嗣書記長は「(Kさんのような)有期雇用者が何回か契約更新し、一年以上働いている場合、簡単にクビを切ってはいけないという判例と、それとは逆の判例の双方がある。ただ、勝手にクビを切るのは雇用上の差別で、そのための法律が必要だ」と話す。

 設楽氏は「『再チャレンジ』なんて言葉のあやみたいなもの。景気が回復したといっても、非正規雇用で人件費を安くあげているのが実態だ」と憤る。

 裁判の第一回口頭弁論は十二月八日。担当する村田浩治弁護士は「本来、少数者のための社会福祉法人がGIDをまったく理解しておらず、職場から排除したことが問題だ」と話す。

 Kさんの苦悩は、現在のままでは社会に居場所がないという思いに尽きる。

 「社会から必要とされていると思いたい。存在自体を認めてほしい。異質な存在を排除する、かかわりたくないという壁をクリアしない限り、前に進めない」

<デスクメモ> 「当事者」という言葉がある。何げなく使ってしまうが、差別問題では多数派も当事者だろう。異質な少数者を数の暴力で排除すると安心だ。ただ、安心の刃(やいば)はいつか自分にも向きかねない。日本は寛容な国と信じがちだが、事実は違う。異質を認めたがらない想像力の弱さ。その例はあまりある。 (牧)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20061026/mng_____tokuho__000.shtml