2006年10月24日(火) 03時08分
<福島談合>前知事逮捕 「う回わいろ」にメス (毎日新聞)
捜査は1年半かかって「本丸」にたどり着いた。23日、佐藤栄佐久・前福島県知事(67)が逮捕された県発注工事を巡る収賄事件。東京地検特捜部は先行させた周辺捜査で、複雑な舞台装置を一つ一つ解明していった。厚いベールの向こうに現れたのは、贈賄側、収賄側の双方に第三者が介在する新しい構造汚職の姿だった。【小林直、三木陽介、銭場裕司】
◇増収ともに仲介者 長期政権、腐敗を助長
「初当選直後の首長は力がなく、金集めに必死だが、多選すると、本人が求めなくてもカネが流れ込んでくる。長期政権が腐敗していくまさに構造的な汚職だ」。特捜部在職経験のある法務・検察幹部は解説する。
ゼネコン汚職(93年)までは、大手総合建設会社の幹部が直接、自治体の首長にカネを渡し「天の声」を得る構図がまん延していた。しかし、摘発を機に「直接わいろを渡す手法は激減した」(大手ゼネコン首脳)。
代わって現れたのが、贈賄側にコンサルタントが介在する手法。徳島県知事らの逮捕に発展した業際事件(02年)の場合、業際都市開発研究所の尾崎光郎(みつろう)元社長=実刑確定=が受注希望社からわいろを受領。「口利き料」を取っては、残金を首長に渡していた。
あるプラントメーカーの営業担当幹部は「コンサルをかませるのは今でも常識」と明かす。実際、和歌山県発注工事を巡る談合事件でも、仲介役のゴルフ場経営会社元社長、井山義一容疑者(56)が、受注希望を発注者サイドに伝える見返りに、1億1900万円の報酬を受領していたことが判明している。
今回の場合、この仲介役に相当するのが「水谷建設」だ。ダムを直接受注する「前田建設工業」ではなく、下請けに過ぎない水谷建設が資金の提供元となった。前田が水谷に政界工作という「汚れ役」を担当させて工事を取る図式は業界では有名で、西日本の受注競争で負けた大手ゼネコン幹部は「特にダム工事でこの手法を駆使していた」と証言する。
さらに特徴的なのは、収賄側にも仲介者が介在している点だ。双方に第三者が介在することで、贈収賄の構図を覆い隠す。水谷建設が前知事実弟の佐藤祐二容疑者(63)経営の「郡山三東スーツ」の旧本社跡地を約9億7000万円で買い取った。これを今回、特捜部がわいろと認定したが、贈収賄の主体である佐藤前知事、前田建設が登場しないこの仕組みが、捜査を困難なものにした。
近畿地方などで自治体幹部を歴任した総務省幹部は言う。「トップの周辺に自然とカネが流れ込む構図は、他の自治体にもある。権限移譲の流れから金額も大きくなっており、直接の授受がなくても逮捕されることを示した今回の事件は、こうした自治体の首長を驚かせるだろう」
◇立証ハードル高く 焦点は「兄弟のやり取り」
「誰が見ても土地取引は知事のため。それを証明できるかどうかだ」。法務・検察の複数の幹部は、今回の事件への強制捜査を検討した昨年春の段階から、スーツ社旧本社跡地を舞台にした土地取引の不自然さを指摘していた。衣料会社とゼネコン。普段は関係しない両者を結びつけたのは、絶大な権限を持つ県知事の実弟という立場と、県の工事を受注したい業者側の意向という見立てだ。しかし「本丸」の知事にたどり着くには、それから1年半かかった。
この長い捜査期間が示すように、捜査のハードルは極めて高い。わいろと認定された問題の土地取引を巡っては、業者と佐藤前知事との間に、接触も直接の資金提供もないからだ。前知事が「ダム工事の見返り」と承知していたことを証明するには、前知事と祐二容疑者とのやり取りが、どこまで解明できるかにかかっている。
「収賄を立証するには、薄氷を踏むような思いが続くだろう」。ある検察幹部はこう語る。
捜査は当初から「迷走」気味だった。特捜部は昨年4月、この土地取引について「土地代が不当に高く、会社に損害を与えた」と判断し、購入した水谷建設側の特別背任容疑での着手を検討し、捜索態勢も整えた。贈賄側を先に立件し、収賄側に関する供述を得るのは捜査の常道。しかし、内部の協議では「土地代が不当に高いとの証明や、その後知事に結びつく見通しが弱い」などと了解を得られなかった。
昨年12月には、水谷建設のグループ会社が補助金を不正受給した詐欺の疑いで、同社本社などを家宅捜索。だが、これは事件処理されないまま、ライブドアや村上ファンドの事件を挟み、半年以上たった今年7月、国税当局の応援を得て、ようやく水谷建設元会長を脱税容疑で逮捕し「福島ルート」に切り込んだ。
一時は、公職選挙法違反(買収)容疑での立件を先行させる方針も示したが(1)通常は「取締本部」が選挙直後に集中的に摘発する事案なのに、知事選から2年以上も経過している(2)出直し知事選が事実上始まっている——などの事情を考慮し、着手は見送られた。
結局、捜査は「原点」に戻った。突破口は、水谷建設と前田建設工業側が一連の土地取引について「ダム工事受注の見返りだった」と認めたことだったが、捜査の正念場は、むしろこれからといえる。
(毎日新聞) - 10月24日3時8分更新
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