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2006年09月05日(火) 00時00分

飲酒運転事故 なぜなくならない 東京新聞

 福岡市で起きた幼児3人を犠牲にした飲酒運転事故は、世の中に激しく警鐘を打ち鳴らした。しかし飲酒運転はなくならない。3日も和歌山県でガソリンスタンドに暴走車が突っ込み、市民2人を巻き込んだ。なぜ酒に酔って車に乗るのか。また乗せるのか。日本人は酒に寛容でありすぎるかもしれない。そうした風土のルーツは、どこにあるのか。 (中里宏、宮崎美紀子)

 「猛スピードでワゴン車が突っ込んできて、計量器を倒すというより吹っ飛ばした」。飲酒運転の車が突っ込み、客とアルバイト店員が死傷したガソリンスタンドの男性支配人(39)は事故のすさまじさを興奮冷めやらぬ様子で話した。

 スタンドは、和歌山県岩出市を東西に横切る国道24号と、関西空港や大阪府泉南地区につながる県道の交差点に面しており、いわば同市最大の交通の要衝。

 支配人によると、計量器の前でバイクの給油を待っていた客で同市内の左官業里宗次郎さん(64)=約六時間後に死亡=は約十メートルもはねとばされ、計量器の後ろにいたアルバイトの女子高校生(18)も事故に巻き込まれ、右大腿(だいたい)骨骨折ややけどなどの重傷を負った。計量器のあったところから火が出たが男性店員らが消火。さらに大惨事になりかねないところだった。「ワゴン車の男はぐでんぐでんに酔っていた。大事なお客さんと従業員がこんな目にあって。許せない」と支配人は怒りを隠さない。

 県警岩出署に業務上過失傷害の現行犯で逮捕された同市内の警備員中辻章智容疑者(62)からは呼気一リットル中〇・二五ミリグラム以上のアルコールが検出されたというが同署によると、どこでどれだけ飲酒したかなど「肝心なことは供述していない」という。同署はより罪の重い危険運転致死傷容疑も視野に捜査を続けている。

 中辻容疑者は水田に囲まれた十数軒の住宅地に母親と二人暮らし。近所の人たちは「たまに車で出かけるのを見る程度」「付き合いはない」と言葉少なだが、ある主婦は同容疑者が日中から酒を飲んだとみえることは「あった」という。

 岩出市は人口約五万千二百六十人。大阪府のベッドタウンとして人口増加を続け、今年四月に町から市になった。関空から車で約三十分という地の利で、トラックの流通ターミナルも増えるなど上り調子の市だ。

 とはいえ、街道から少し外れると、刈り取りを待つばかりの稲穂が揺れる田園地帯が広がる。市内には十数軒の飲食店がまとまっている繁華街は一カ所だけ。裏通りにスナックや焼き鳥店など三−六軒が棟続きになった建物が点在する。ほとんどが駐車場付きだ。

 「田舎の甘えでしょうね。飲酒運転の罰則強化(二〇〇二年六月)前は朝方ふらふら走っている車をよく見ましたよ。それが、また最近ふらふら運転を見るようになった」とタクシー運転手男性(59)。中辻容疑者宅の近所に住むアルバイト男性(67)も「うーん、まあ飲み屋から(運転)代行を呼ばずに運転して帰る人はいるね」と漏らす。

 岩出署幹部は飲酒運転取り締まりについて「携帯で警察の取り締まりを教え合ったりするので、こちらも場所を変えながらゲリラ的に実施するしかない」と地方特有の難しさを挙げる。

 客が車を運転して帰るのを知りながら酒を勧めたり、提供すると、飲食店側も飲酒運転の教唆、ほう助容疑に問われる。市内のカラオケボックス店員(22)は「昼間からビールを飲む客もいるが、全員が飲んでいるのか、運転役の人が飲んでいないのか見分けられない。飲酒運転じゃないかなと思うことは正直ある」。

 スナック経営者男性(59)はこう語った。「客が車を運転すると分かっていれば、必ず代行を呼んでもらう。ただ、分からないときは、店の女の子には表まで客を見送らないように言ってある。客が運転して帰るのを見てしまうと知っていたことになってしまうから」

 日本人とお酒のあり方を考えてみると、どうも付き合い方が下手というか未熟。そもそも、日本人は世界で最もお酒に弱い民族だというのをご存じだろうか。

 アルコール健康医学協会によると、お酒を分解する酵素「ALDH2型」が少ないか、全く持っていない人が44%もいる。他国はというと、中国人が41%、韓国人が28%、フィリピン人は13%。一方、ヨーロッパ系白人、アフリカ系黒人は、ほぼ0%だ。

 同協会の古屋賢隆常務理事は「全く飲めない人が5%程度いることを知ってほしい。自分が飲める体質かどうか知っておくことも絶対に必要です」と話す。

■雰囲気を壊すの怖い

 飲めないのに人間関係のために無理して飲んでしまうのは、大学生に流行した一気飲みにも表れている。
 特定非営利活動法人アスク(アルコール薬物問題全国市民協会)の「イッキ飲み防止連絡協議会」によると、周りがはやし立てて飲ませる従来の「イッキ」に替わり、「粗相イッキ」という新スタイルが発生しているという。

 「サークルの新人が自己紹介や出し物をして、失敗すると飲ませるのが『粗相イッキ』。若い人たちは、場の雰囲気を壊すことを極端に恐れるので、盛り上げようと無理して飲む。サークルなら辞めればいいが、学部ぐるみでやる場合もあり、より深刻だ」と担当者は嘆く。同協議会は「イッキは飲まザル」「クルマだから飲まザル」と書かれたコースターを作っているが、大学生のみならず、上司や取引先の酒を断りたい会社員からも人気だという。「本当は、グッズがなくても、飲みませんと断れればいいんですが…。若い人の態度は、大人たちのお酒に対する態度を反映しているといえる」(先の担当者)

■摂取量低下傾向なのに

 日本では縄文時代から酒が造られてきた。神にささげる「お神酒」という言葉があるように、文化と深く結びついてきた。明治以降、酒税が富国強兵の資金源となり、酒と国家はより結びつきを強くする。西南戦争の抜刀隊、太平洋戦争の特攻隊など死地に赴く兵士に、飲ませる習慣もあった。

 今、酒類の消費量は低下の一途をたどっている。

 国税庁「酒のしおり」によると、アルコール度の低いリキュール類や健康志向を受けた果実酒は伸びているが、度数の高い清酒やウイスキーの消費は激減している。また国民一人当たりのアルコール消費量は世界二十九位の六・五リットルで、一位のルクセンブルクの半分強しかない。

 それほど酒を飲めず、飲まない日本人だが、問題飲酒が絶滅することはない。

 アルコール依存症に取り組む「高知アルコール問題研究所」の山本道也・下司病院院長は「飲酒運転で捕まる人の中に、依存症だと気付いていない人がいる。治療しないと、また同じ事を繰り返す。飲酒運転の陰には病気が潜んでいるという観点も必要だ」と話す。

 同研究所の調査では、四回以上免停になった人の七割以上が飲酒運転だった。

 「幻の日本酒を飲む会」の篠田次郎会長は「私たちの会は三十一年目になるが、飲酒事故を起こした人はいない。飲みたい量を飲むためにお酌は禁止。酒癖の悪い人は除名処分」と、「正しい関係」を説明、そして、こう指摘する。

 「メーカーも酒販業も飲食業も共犯意識を持たなくてはいけない。メーカーは安く大量に酒を飲ませることだけを考えてきた。安い焼酎やジュースみたいに飲めるお酒がブームになり、今後はもっと心配だ。もっと文化的に酒を考え、正しい飲み方を教育していかないと、そのうち嫌煙権ならぬ嫌酒権が出てくる」

<デスクメモ> ハッキリ言って酒は大好きだ。ビールも芋焼酎もウイスキーも。秋の夜長なら吟醸酒もいいな。だが三十数年に及ぶ飲み歴で、飲酒運転だけはしたことがない。神に誓って胸を張れる、数少ない誇りである。理由は決まっている。いつまでも飲みたいからだ。こんな楽しみを悪魔の誘惑で手放してたまるか。 (充)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060905/mng_____tokuho__000.shtml