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「なんぼ看守でも、知り合ってすぐに便宜を図ることはあり得ない」
「決定版 刑務所の事典−カンカン踊りから懲罰房までこれがムショの掟だ!」などの著書がある作家の安土茂さん(77)は、今回の汚職事件をめぐり、逮捕された主任看守の桑野勝彦容疑者(37)=収賄容疑=と、指定暴力団山口組系組長の金政基容疑者(66)=贈賄容疑=らの関係について、以前から面識があったのではないか、と推測する。
■収容部屋変更 刑務官が便宜
金容疑者は二〇〇四年七月、同拘置所に拘置され、監視カメラ付きの部屋に収容されたが、「圧迫を感じる」などと部屋の変更を桑野容疑者に依頼。桑野容疑者が手続きを取るなど便宜を図った見返りに、収容されて五日後、金容疑者配下の組幹部が家族旅行の予約を入れたという。
監視カメラ付きの部屋は逃亡の恐れがあったり危険性がある容疑者を収容する一人部屋。部屋を替える場合は、複数の舎房の責任者である区長が判断することから、安土さんは「今回は上司にも責任がある」と話す。
収容者と刑務官が親しくなることは珍しくないという。安土さんは「私が大阪刑務所に入所していた時にも、強盗の容疑者が刑務官に百万円を渡し、脱獄を手伝わせた事件があった。事件にならなくても金や物をもらい、外との連絡に便宜を図るのは昔から結構あった」。
■外との連絡役 隠語は『ハト』
外との連絡を取る刑務官は、隠語で「ハト」と呼ばれる。刑務官のほか、受刑者らの作業の技術指導員など外部からきた人もターゲットとして狙われるが、落ちそうな刑務官については「結局、金の問題だからね。もの欲しそうなやつとか分かる」と話す。さらに、「刑務官は一人で舎房を担当するため、独房で刑務官と収容者が何を話してもほかには分からない」とチェック態勢の不備を指摘する。
これまでも、刑務官による同様の事件は絶えない。
〇二年には、千葉刑務所で刑務官が組員に携帯電話などを差し入れ、別の収容者の家族から保釈金名目で現金を詐取する事件が発生。
一九九七年には、神戸刑務所で刑務官が元組員らの規律違反を見逃す代わりに現金を要求し、収賄容疑で逮捕された。
不祥事はなぜ、繰り返されるのか。
今回の事件では、桑野容疑者は「勤続十四年の間にモラルが薄れていった」と供述しているが、安土さんは「最初は伝言ぐらいと便宜を図るうちに、まひしてくるのではないか」。
大阪拘置所によると、拝命から退職まで同じ拘置所に勤務する人は少なくない。
係長以上は数年で異動するが、一般職員はほとんど異動がない。
「舎房などの配置を換えるなどしている」と同拘置所の担当者は説明するが、安土さんは「同じ拘置所に長く勤務しておれば、再犯で入所してくる収容者と顔なじみになるなど、犯罪の温床になる」という。
「刑務官」という職業が広く知れ渡ったきっかけは、刑務官が受刑者を死傷させたとされる名古屋刑務所事件だった。この事件を受け、法務省は、法相の私的諮問機関「行刑改革会議」を発足させた。
同会議のメーンテーマは受刑者の処遇改善だったが、学者などから、刑務官の待遇改善を求める声も上がっていた。勤務状況の厳しさが刑務官の不満を招き、そのはけ口として受刑者への暴力が行われる可能性があるからだ。そのころから、「刑務官を増員して勤務実態を改善すべきだ」「刑務官どうしのなれ合い、刑務官と受刑者のなれ合いをなくすため、刑務官の人事異動をきちんとやるべきだ」という声が出ていた。
■まき散らした汚物の処理も
「受刑者がまきちらした汚物の後かたづけもしなければならない。受刑者の更生施設とは言うけれど、きれいごとだけでは済まない職場だ」。刑務官らは、職場のきつさを、こんなふうに言い表す。
受刑者の人権を確保し、さらに、刑務官がいきいきと働ける職場環境は実現できるのか。
刑務所問題に詳しい「監獄人権センター」の海渡雄一弁護士は、「刑務官が生きがいを感じて働けないかぎり、受刑者を更生させることもできない」と断言したうえで、まず「忙しくて有給休暇を一日も取れない刑務官が多い現状を改善すべきだ」と言う。名古屋刑務所事件が原因で、現時点では刑務官は公務員削減の余波を受けていないが、事件が忘れられれば、いつまた、削減対象になるか分からない。
■接触の制限はマイナス効果
海渡弁護士は「今回の事件で刑務官全体をバッシングしてはいけない。こうした不祥事が起きると、法務省が『受刑者とは口をきくな』などと指導し、刑務官と受刑者の接触を最低限にしようとすることが予想されるが、それでは更生というものは成立しなくなる」と危ぐする。
国際的人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」(ロンドン)日本支部の寺中誠事務局長は刑務官による不祥事の温床を、「刑務官は(刑務所内の職員寮に住むなど)ずうっと、刑務所にいて、二十四時間、職務から解放されない。さらに、(刑務所を管轄する)法務省矯正局でもキャリア官僚は転勤するものの、一線の刑務官は受刑者より長く、同じ刑務所にいる」と指摘。勤務実態の改善など「刑務官の権利を確保することが重要だ」と話す。
■抜けきれない軍隊式の処遇
寺中氏は「刑務官が増員されたといっても、警備担当者の増員に費やされており、社会学や心理学の側面から受刑者更生を担当する人員は、今でもゼロに近い。これでは、少人数の刑務官で多数の受刑者を統率するために用いられてきた軍隊式処遇が続けられてしまい、刑務官と一部の受刑者だけの『いい関係』が生まれる余地が残る。そうなれば、パワーバランスで暴力団関係受刑者が強くなる」とも言う。
「刑務所に更生の能力がないから受刑者が再犯して舞い戻ってくるのか、再犯率が高いから、更生に対する刑務官の熱意がそがれるのか。鶏と卵の側面がある」との指摘もあるが、私見として、こんな“打開策”を提案する法曹関係者もいる。
「刑務所を出所しても就職できないから犯罪に手を染めるという面がある。調理師免許を取らせるなり、コンピューター教育するなりもっと、就職に役立つ教育をすればいい。刑務所内で作業しても受刑者には時給五円程度しか渡らない現行制度も問題。世間並みの“賃金”にして、アパートの敷金分ぐらいためて出所できるようにしないと、再犯は防げない」
<デスクメモ>
社会から閉ざされた「塀の中」にも、民営化の波が押し寄せている。正門の守衛や護送車両の運転業務などを民間委託した刑務所を取材したことがあるが、対象業務はあくまでも「公権力の及ばない範囲」。だが、その肝心の刑務官が、拘置中の暴力団関係者に手玉にとられているようだと再発防止は険しい。(吉)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060822/mng_____tokuho__000.shtml