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昨年12月20日から始めたこのシリーズで、最初に取り上げた林田一雄さん(42)、美子さん(44)=いずれも仮名=夫妻のことを覚えているだろうか。
地下鉄日比谷線の八丁堀駅近くにある「グランドステージ茅場町」(13階建て、36戸)の完成前から、何度も建設現場に足を運び、調べに調べ上げて専有面積106・96平方メートルの2LDKを5600万円で購入。「『購入者の自己責任は』と後ろ指をさされるのは、つらい」と肩を落としていた、あの夫妻だ。
2人にとって、この半年は「悪夢」の日々だった。
一雄さんが美子さんの異変に気付いたのは、昨年末。耐震偽装の発覚から1カ月が過ぎたころだった。
最初は「夜、まったく眠れない」と不眠を訴えた。そのうち、昼夜の区別なく、棒を手にして部屋中の柱、天井をコンコン、コンコンとたたき回るようになった。判明した耐震強度は0・41。時々、「あ、ここは音が違う。鉄筋が入っていないんだわ」と声を上げ、テープで印を付ける。メジャーを持ち出し、柱やハリの太さを何度も測っていることもあった。
病院に連れて行くと、うつ病と診断された。
今年に入り、ひどくなった。感情がコントロールできないのか、いろんな物を投げつけた。壊れた物、目覚まし時計5個、皿10枚、グラス5個、受話器……。
深夜、寝ている一雄さんを揺すり起こし、「なんでお前だけ、ぐうぐう寝てるんだ」「なんで私たちがこんな目に遭わなくてはならないの」。大声で泣きわめき続けた。不眠症に加え、倒壊の恐怖から食欲もなく、サプリメント20錠だけを口にする日々。44キロの体重が7キロも落ち込んだ。
いまは症状が落ち着いた美子さんが振り返る。「ヒューザーも木村建設もイーホームズも、どこも平然として責任を認めようとはしない。じゃあ、買った私たちが悪いの? あんなに調べに調べたのに。なぜ、もっともっと調べなかったんだ、と自分を責め続けるうち、人間だから壊れてしまったのです」
耐震偽装のニュースがメディアから姿を消すと、自殺も考えた。「耐震偽装のことをメディアに取り上げてもらうには、ヒューザーの本社ビルから飛び降りるのが一番かな、なんて……」
美子さんの体調が目に見えて回復したのは、1月末に中央区が用意した区民住宅に転居してから。4月には夫と経営する舞台関係の事務所に顔を出せるようになった。
転居先の近くに隅田川に面した公園がある。ほのかな磯の香り、船の音、ゆらゆら動く川面。「この風景が大好き。ものすごく落ち着ける。一番大きいのは、やはり安全な場所に住んでいるという安心感。『衣食住』の『住』を失うと、洋服は段ボールに入ったままで着たい服も着られず、食欲もなくなる。結局、全部失ってしまうんです」
一雄さんが、つぶやいた。
「目の前でパートナーが壊れてしまったので、私がしっかりしないといけない、と。1人で暮らしていたら、私が壊れていたでしょう」
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「グランドステージ茅場町」の半年後を追う。
(この連載は加藤明、小金丸毅志が担当します)
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000210605230001