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2006年04月09日(日) 00時00分

自費出版 ある専門会社の倒産 東京新聞

 多少なりとも表現欲がある人ならば、自分の著書が世に出ることは究極の夢かもしれない。「自分史」ブーム、ブログの流行も影響してか、お金を出してでも自分の本を作りたいという自費出版の世界は今、急速に拡大している。しかし、出版社側は著者のその熱い思いをどれほど受け止めているのだろうか。ある自費出版専門会社の倒産劇から、実態を探った。 (大村歩)

 「もう貯金もないが、足りなければ退職金もつぎ込むし、どうしても困ったら自殺して保険金で出版費用を出す。とにかく、今ここで本を出さなければ自分の生きてきた意味がない」

 関東地方の公務員(58)はこう熱弁を振るう。

■“共創出版”

 昨年末、二百万円を支払って初の自著を出版した。出版元は碧天舎(東京都千代田区)。同社は以前、別の業態の出版社だったが、約四年前、“共創出版”という自費出版の一種が主な事業の会社として再スタートしていた。二〇〇五年九月決算期には約六億円を売り上げていたが先月末、負債総額約八億五千万円を抱え、破産宣告を受けた。

 公務員は今月、三百万円かけ別の同業他社からも本を出した。さらに、六月には仏教関連の上下巻本を碧天舎から出版する予定で、同社に四百万円を振り込み済み。実に九百万円以上を費やした。

 「一冊目も二冊目も妻にえらくしかられた。だから上下巻の分は妻には秘密」

 この公務員のケースはかなり極端だが、碧天舎倒産により多くの著者が「多額の出版費用を払ったのに本が出ない」と被害を訴えている。

 こうした中で六日、同社の債権者説明会が都内で開かれた。複数の参加者によれば、約三百五十人の著者が集まり、怒りがぶつけられたという。

■『詐欺だ!』

 山本裕昭同社社長は「私自身の経営能力がなかった。みなさんには本当に申し訳ない」と頭を下げたが、会場からは「逃げるな!」「詐欺だ!」「ふざけるんじゃない!」と怒号が飛び、山本社長につかみかかる人もいた。

 「作品を出すのに二十五年間かけた」(八十歳代の男性)「まだ費用をローンで支払っている。本が出ないと知り不眠症になっている」(女性)「躁(そう)うつ病にかかりそのことを書いた。ここに立っているのもいっぱいいっぱい」(若い男性)−と悲痛な声が相次いだ。

 倒産が近いのに、出版契約を急がせて費用を支払わせたのではないか、という疑念も会場に渦巻いた。

 実は、同社は昨年末から今年一、二月にかけ、「出版費用の三分割支払いのうち、二、三回目をまとめて払うと5%を割り引く」というキャンペーンを行っていた。関係者によれば、社内で「早く回収を、という指示があった」といい、上層部に倒産危機の認識があったともとれる。

 「費用があまりに高額で一度は断念した。しかし、知人が原稿を見て出すべきだと百万円を出資してくれ、一月下旬に契約した。そのころには危ないと分かっていたはず」(高齢男性)「最近まで公募雑誌で原稿を公募していたし、破産後もホームページ(HP)が更新されていた。ギリギリまでだまそうとしていたのか」(男性)

 山本社長はこうした声に対し説明会で「碧天舎は創業以来基本的に赤字基調だったが、私が経営する別の優良企業から五億円をつぎ込んでいて何とかやれると思っていた」と疑惑を否定。費用を払い込んだのに未出版の人は約百人で、返金はできないと説明した。

 確かに山本社長が別に経営していた出版社「ビブロス」は男性同士の恋愛を描く「ボーイズラブ」漫画の大手。だが同社も五日、東京地裁に自己破産を申請し“オタク”女性たちに大きな衝撃を与えている。

 碧天舎の破産管財人は本紙の取材に「碧天舎の破産申立書によれば、最近、急速に資金繰りが悪くなったと言っている。実際の業務に当たっていた元従業員と連絡が取れず、著者や著者の作品取り扱いをどうするかは今後の問題だ」と見通す。この点について山本社長の見解を碧天舎側に問い合わせようとしたが、電話すらつながらない状態だ。

 ところで、そもそも“共創出版”とは何か。同社HPによれば「流通するだけの質を有しているが、実際に出版しないと読者の反響が分からない作品を、著者費用負担で、出版社の広報力、書店流通機能などの付加価値を利用していただき、書店流通本として出版させます」という。

 通常の本は出版社から取次会社を経て書店に並ぶ。自費出版では取次会社を経由できず、書店売りできないのがネックだが、“共創出版”の場合、取次会社を通り、書店売りできるのが最大の売り。事実、この点にひかれた著者は多い。

 「共同で出版するイメージ。碧天舎側も応分の費用負担をしているのだろうと思った」(関西地方のある著者)。ただ、多くの著者は自分の本に対して同社がどれだけ費用負担をしたか明確に聞いてない。また、書店売りで実際にどれだけ売れたのかも、問い合わせなければ知らされない。

 一方で、碧天舎は定期的に自社主催の作品コンテストを開催し、広く作品を募集していた。その範囲は文芸作品から写真まで細分化され、十数種類ある。“共創出版”を決意した人の多くが、このコンテストの応募者だ。「二次審査で落選したが、あなたの作品はすごい、世に出さないのはもったいない」などと“激賞”され、その気になった著者は少なくない。

 「出版プロデューサーという肩書のすごい美人が、目のやり場に困る服を着て説得してきた。私は七十四歳でもう何とも思わないが、若い男性には効果があったのでは」(関東地方の男性)という声もある。

 さらに、百万円から二十万円程度の値引きがある「特別価格」が特に理由もなく適用され「定価の意味は?」と疑問を抱く著者もいる。手元資金がない著者のための提携ローンまで用意されていた。

 もっとも、こうした出版形態は、実は碧天舎が元祖ではない。他の出版社が生み出したものだ。

 ある出版社社長は「この形態は、会社の利益も広告費用も含めてすべて著者が負担していると考えた方がいい。取次会社を通る以外、実態は自費出版と何も変わらないと思う」と断じる。

■入れ食い 

 社長によれば、例えば百万円で五百冊作るという場合、本の質を保ったままで五十万円で作ることができるという。「出版の世界はブラックボックスが多く、適正価格がない。コンテストも集客システムで応募者はつまり顧客候補。入れ食いの釣り堀みたいなもので逃す手はない」と話す。

 碧天舎の著者の多くは、原稿を取り戻して別の自費出版社から出版することを希望する。説明会で、同社代理人弁護士は、同業他社に原稿データを引き継ぐ交渉をしていることを明かした。ただ、関係者によれば、編集作業の進み方は千差万別で、引き継いでも出版するのは困難だという。

 今後、来年には団塊の世代が大量退職するため、半生を振り返ったり、仕事の集大成として自費出版を考える人は増えるとみられる。

 月刊「創」編集長の篠田博之氏は「通常の出版とはプロの編集者がいい書き手を見つけて本を一般に売って商売とする。しかし自費出版は著者イコール客というビジネス。根本的に仕組みが違うが、著者の方に『もしかしたら売れるかも』という幻想があるし、出版社側はその幻想を利用している」と指摘。その上でこう警鐘を鳴らす。

 「文章をブログなどで公表する人が増えてきた。今や一億総表現者という時代。そこに目を付けて拡大した分野だが、過当競争になって利益が落ちたり、社会的信用がなくなれば急速にしぼむだろう。著者も自著を出したいという情熱は分かるが、本来、出版という事業にはリスクがあることをよく考えた方がいい」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060409/mng_____tokuho__000.shtml