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2004年11月07日(日) 00時00分

新潟中越地震酒蔵ルポ 東京新聞

 日本有数の高級日本酒の産地、新潟県の中越地方が今回の地震で受けた傷跡は深い。酒蔵の崩壊や製品の破損などが多発したが、中でも人気漫画のモデルにもなった和島村の久須美酒造は、七月の豪雨被害に続く災難になった。被災の影響は新潟だけにとどまらない。日本酒業界からは、「日本酒離れに拍車がかかる」と懸念する声も上がっている。 (藤原正樹)

 「新潟を襲った七月の集中豪雨で、裏山で地滑りが六回も起きた。約百七十年前の創業時に建てた貯蔵用の酒蔵が倒壊し出荷不能になった。それ以降、苦難が続々と降りかかりました」

 「久須美酒造」の久須美記廸(のりみち)社長は淡々と話すが、その不運は深刻だ。

 水害の復旧作業の影響で、例年十月一日の蔵人の入所が十六日遅れた。「さあ追い込もうと思った途端」の十八日に母親の得さんが危篤になり、二十日に死去。二十二日の告別式の翌日、追い打ちをかけるように大地震が襲った。

■年間売上額を上回る損害に

 原酒の貯蔵蔵の白壁に亀裂が走り、内壁は崩落。停電の影響で、タンク五本分の酒母(醸造に必要な酵母を培養したもの)が駄目になった。水害で、酒蔵三棟が全半壊、出荷前の「亀の翁(お)」を含む貯蔵酒の半数を駄目にしたばかりだった。水害と地震を合わせた損害は、年間総売上額の五億円を超える。

 久須美賢和(よしたか)専務は「余震が収まるまで危険な酒蔵での作業はできない。仕込みを始めるのは、十二月後半になるのでは」という。

 酒造会社にとって、十一、十二月が一番の書き入れ時。「年間売り上げの三割を占める時期で痛い」と久須美社長は肩を落とす。

 「亀の翁」の年間出荷本数は二万八千本(四合瓶)で入手が難しく「幻の酒」と呼ばれる。「亀の翁」は酒米「亀の尾」から造られる。亀の尾は戦前、三大品種の一つに数えられるほど広く栽培されていたが、収穫量が少なく病害虫や風害に弱いことから品種改良され、戦後にはほぼ姿を消した。

 二十年前、久須美社長が全国を探し求めて手に入れた千五百粒から復活させ、銘酒に仕上げた。その過程が人気漫画「夏子の酒」(尾瀬あきら作)として描かれ、テレビドラマにもなった。

 地震の影響として、久須美社長が一番心配したのは「“酒の命”井戸水の変質」だった。「地震の地殻変動で伏流水の流れが変わり、濁る可能性が高い。検査の結果、大丈夫なことが分かりほっとしている」。来年の出荷は九月になる予定で、さらに品薄も続く。台湾への輸出計画もあり、文字通り「幻の酒」になりそうだ。

 中越地方は、全国屈指の高級酒製造地帯だ。新潟県は出荷量六万八千キロリットルと全国三位で、全出荷量のうち高級酒(特定名称酒)が六割を占める。全国平均の二倍だ。県全体の40%の蔵元が集中する中越地方の被災の影響は計り知れない。

 小千谷市の酒造会社「新潟銘醸」では、計六十万リットル分の貯蔵酒があった土蔵が崩壊し、巨大なタンクも傾いた。同市の「高の井酒蔵」では、仕込み蔵の内壁が崩落し、瓶詰めラインの機器が台座から落ちた。

 どの酒造会社も瓶破損の被害は大きい。銘酒「久保田」で有名な越路町の「朝日酒造」では、約八千本の製品と約八万本の空き瓶が破損。比較的被害が軽微だった長岡市の「吉乃川」でも約八百万円分の被害が出た。

■ケース変更で瓶破損拡大も

 「二十年前まで全国で新潟県だけが、出荷のすべてに八本入りケース(8P)を使っていた。しかし、その重さなどが敬遠され、六年前からほとんど六本入り(6P)になった。8Pのままだったら、破損をかなり防げたはずだ」と指摘するのは、吉乃川の中村隆専務だ。

 「6Pは真上に積み上げて保管する方式で、今回の地震では簡単に倒壊した。8Pはれんがのように交互に組み上げる方式で振動には強い。全国一の生産量を誇る兵庫の灘は昔から6P。大手の問屋から『面倒だから統一してくれ』という声が上がり、灘方式に押し切られた形だ」

 ただ、各酒造会社とも今冬造った貯蔵酒の被害は軽微で、地震でずれた製造設備も再調整すれば使用可能のようだ。「今月十日までに出荷再開できる。今月下旬には製造も始められると思う」(朝日酒造)、「土蔵は崩壊したが下敷きになったタンクの破損はないようだ。本格的な冬までに仕込みを間に合わせる」(新潟銘醸)、「年末までには製造再開できる」(高の井酒蔵)。

 それでも製造開始が年末年始までずれ込む意味は重い。酒文化研究所の狩野卓也代表は「高級酒の醸造に適した『寒造り』の期間は、低温が安定する一、二月。気温の問題だけではない。蔵人は従来、十月から酒造りを始め、年ごとに違う米の状態に適した水のあんばいなどを徐々に微調整していく。今年のように“助走期間”が短いと高級酒の味に影響が出る可能性もある」と指摘する。

 さらに前出の久須美社長と同じく、井戸水への影響を懸念する。「地震で井戸水が変質した例もある。ミネラル分の比率が数%違っても酒の味が変わり、杜氏(とうじ)は調整に苦心する」。それに加えて「今年の米は猛暑と台風の影響で全国的に作柄が悪い。酒米の質も悪いのに、値段が高い。水と米、二つそろってこその酒。新潟の酒蔵にとって最悪の年だ」。

 一方、全国の酒造会社を束ねる日本酒造組合中央会(東京)も動揺を隠せない。広報担当者は「焼酎や洋酒に押されて、日本酒離れは歯止めがきかない。日本酒の復権をけん引する『久保田』など新潟銘酒の被災は痛い」と頭を抱える。

 同会によると、日本酒の全国出荷量は一九七三年度の百七十万キロリットルがピーク。八九年度から九六年度まで百三十万キロリットル程度で横ばいだったが、それ以降は毎年減少し二〇〇二年度は八十九万キロリットルまで落ち込んだ。

 東京都酒造組合は「消費が低迷するなか、一番のもうけ時に出荷できない。被災の復旧にも資金がかかる。投資金を回収できるのか」と同業者を心配する。実際、阪神大震災では中堅酒造会社が廃業している。

 販売上、被災で出荷が途絶える影響も大きい。高の井酒蔵の山崎清一営業部長は「商品がとぎれる売り場が心配。棚の場所を取られれば、取り戻すのに時間がかかる」と心配する。狩野代表も「飲食店のメニューから外される可能性もある。一度顧客が離れると再び戻ってくる保証はない」。

■プレミア化で価格高騰懸念

 同組合中央会担当者は「被災によるプレミア化」を懸念する。「消費者の間で『被災で品薄。入手が難しい』という意識が高まり、高値で売る動きも出ている。それでは一部の人に相手にされても、幅広く消費が増える方向には行かない。『日本酒は高い』というイメージが形成されることが怖い」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20041107/mng_____tokuho__000.shtml