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「だれも、家を借りる時に裁判なんて予定していない。それがトラブルに見舞われた際に、ハイソシャフタンがあって、家主や地主、不動産管理会社から『いやなら裁判で決着をつけよう。負けた場合の弁護士費用はあなたの負担だけど、それでも争いますか』と言われたら、借家人は今よりもっとモノが言えなくなってしまう」
■提訴後に双方が合意すれば成立
全国借地借家人組合連合会の綾達子事務局長はこう懸念した。念頭に置いているのは「民事訴訟費用等に関する法律」改正案の「敗訴者負担」制度だ。
法案では「提訴後に原告と被告の双方が弁護士のもとで合意した場合に限り、勝った側の弁護士費用を一定の限度で負けた側に支払わせる」という。合意しなければ、これまで通りそれぞれの自己負担だ。
しかし、梶谷剛・日本弁護士連合会会長は「大きな落とし穴がある」と声を上げる。実際には、売買契約や労働契約といった契約の段階で、契約書に「将来、裁判になった場合、負けた側が勝った側の弁護士費用も負担する」という条項が盛り込まれるケースが増えて、先に「合意」が成されてしまう恐れがあるとの指摘だ。
前出の綾氏は都内の事務所で、相談者から持ち込まれた「敷金が戻らない」といった相談書類の山に目を落としながら、契約段階で行われる合意の盲点に関して、こう話した。
■契約書に条項、気づかぬ恐れ
「借家契約では『紛争の場合の第一審は、貸主の所在する地方裁判所で』との条項も目立つが、借家人は何の疑いもなくサインしてしまっている。これは家主である不動産会社の本社が東京にあれば、地方で家を借りた人でも、裁判のため東京まで出向かざるを得ない、という強者が弱者に押しつける内容なのに」
買い物のトラブルへの影響はどうか。日本消費者生活アドバイザー・コンサルタント協会の玉本雅子副会長は「クレジットカードで高額の商品を買う、といった場合の契約書に敗訴者負担と小さな字で書かれていても消費者は気づかないだろう」と危ぐした。
「八十七歳の高齢者が布団のクリーニングをしてあげるといわれて三十万円もする押し入れの湿気取り剤を買わされた」「内職をあっせんすると電話で勧誘されて高額のパソコンを買わされた」といった、問題のある契約が日常的にある。
玉本氏は「消費者問題は、裁判になった時に勝つか負けるか分からない。契約書に敗訴者負担の条項が入れられたら、いま以上に消費者は企業や悪徳事業者を訴えられなくなる。改正法案は廃案にした方がいい」と訴える。
■日弁連の調査で86%「ためらう」
これに対して、経済界には法案の成立を望む声が強い。「不当訴訟をしかけられた側が(弁護士費用などという)不当な“賠償金”を支払うようなことはあってはならない」(日本経団連)。つまり、企業が一方的に不合理な提訴をされ、勝訴しても自分の側の弁護士費用を支払わなければいけないのは不当。負けたら相手の弁護士費用も負担するようになれば、不合理な乱訴が減るとの説明だ。
一見、もっともな理由にみえる。ただ、このままの法案では、本末転倒にもなりかねない将来像が。
日弁連がホームページなどで募り、九月にまとめたアンケート結果では、契約に敗訴者負担の条項が入っていた場合に「裁判をためらう」人は全体の86%と圧倒的に多かった。
その日弁連などが九月末に主催した市民集会で、コンビニ・フランチャイズ加盟店主として四年近く、本部を相手取り裁判を闘った関根孝氏が訴えた。「二十四時間営業で妻と二人、疲労困ぱいしても利益が出ない仕組みのうえ、本部からは『文句があるなら裁判所で』と言われた。負けた場合に本部側の弁護士費用も払ってもらうと迫られていたら、私は本部に対して反訴を起こして闘うこともできなかった」と強調した。
市民集会にも参加した衆院法務委員会委員の鎌田さゆり氏(民主)は「合意による敗訴者負担制度は昨年十月、政府の司法制度改革推進本部の司法アクセス検討会で唐突に出された。一方的に制度を導入しようとした印象が強い」と話す。
実は、米国では消費者契約、労働契約、フランチャイズ契約などで、契約上の「敗訴者負担の条項」が普及している。しかし、同時に、弁護士費用の負担が重いと感じる経済的弱者や、訴訟での勝訴見込みをつけにくい一般市民の裁判利用を妨げないよう救済も。
米国の事情について、弁護士の牛島聡美氏は十三日、衆院議員会館内での集会で「市民が企業や国を相手にしたり、行政を訴えた裁判で、弱者が勝訴した場合に限り、強者が弱者の弁護士費用を負担するという『片面的な敗訴者負担』が法的に定められている。これに反した弊害のある敗訴者負担条項を判例で無効として弱者を守っている」と説明した。
日本では二〇〇一年四月施行の消費者契約法が、契約の内容で、消費者の利益を一方的に害する条項の全部または一部を無効としている。
だが、敗訴者負担の制度は、裁判で消費者が必ず負け、事業者が勝つとは限らず、形の上では平等なので消費者契約法に反しないとの指摘がある。
そもそも敗訴者負担制度とは「歴史をさかのぼると、中世の英国で最初に導入された。農民が大地主を訴える裁判が多発したのを抑える狙い。だからこそ日本での制度導入は慎重にすべきで、最低限、消費者契約、労働契約、フランチャイズ契約といった立場に格差のある当事者間の『合意』は無効とする規定が必要だ」(牛島氏)という。
■不誠実な対応は信頼失う結果に
小泉首相は十四日の参議院本会議で、敗訴者負担問題について「経済的に弱い立場の側にとって裁判利用を思いとどまらせる効果を懸念する向きもあると承知している」と述べた。与野党を問わず、法案には問題ありとみている議員が増えている。
企業法務に詳しい弁護士で衆院議員の柴山昌彦氏(自民)は、法案内容に慎重な立場だ。「企業の場合、常に顧問として弁護士を使い、法律違反がないよう専門的なアドバイスを得ている。だから消費者などとの間で不幸にも紛争が起こった場合、企業が負けるケースはほとんどない」と説明し、こう続けた。
「企業が不祥事を隠したり、顧客に対して誠実に対応しなければ、企業は社会的な信頼を失い、経営危機すら招く時代だ。敗訴者負担の条項によってユーザーが泣き寝入りすれば、短期的には企業の費用負担を減らすように見えるが、実際は企業の信用にとっても大きなマイナスになる」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20041031/mng_____tokuho__000.shtml