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2004年09月21日(火) 00時00分

東京・日野の『欠陥』住宅地ルポ  わが家は防空壕の上だった 東京新聞

 「日々、家が傾いているのが分かる」−。東京都日野市にある住宅地の住民らが悲鳴を上げている。住宅地は旧日本軍の防空壕(ごう)上にある「砂上の楼閣」だ。住民は知らずに購入したが、壕内部の崩落が進み、家がゆがむ事故が相次いでいる。さらに近隣で斜面を切り崩す「地下室マンション」建設計画が持ち上がった。住民は工事による崩落の加速におびえている。 (藤原正樹、立川支局・加賀大介)

■ドア閉まらぬ 窓にはすき間

 「ドアが閉まらなくなるたび、ドアの上下を斜めに削るが、すぐ駄目になる。トイレのドアも閉まらないままだ。窓枠は平行四辺形にゆがみ、窓を閉めても三角形のすき間が空く」

 日野市三沢三丁目の梅ケ丘団地に住む渋谷幸男さん(57)はこう嘆いた。隣家の主婦(65)も「雨が降るたび、土台から傾いていくのを感じる」と語る。梅ケ丘自治会長の中田太郎さん(39)はこうつぶやいた。「梅ケ丘団地の二百三十軒がまるで“爆弾”の真上に暮らしているようなものだ」

 この原因は、地下の巨大防空壕にある。日野市によると、地下壕は旧陸軍航空本部が立川航空工廠(こうしょう)の施設を疎開させるため、一九四五年二月に着工。工事は総延長約四千二百メートルのうち、約75%が完成したところで中止されたとされるが、判明しているのは約一千メートルのみだ。

 現在、正確な位置が分かり、埋め直していない地下壕は、梅ケ丘団地周辺の南北三本、東西一本分=図表参照。大きさは「幅五メートル、高さ三・五メートル」(市防災課)にもなるという。

 梅ケ丘団地は四十年ほど前に分譲されたが、購入時に業者から地下壕の存在に触れる話はなく、住民は知らないまま購入した。

 ところが購入後、陥没事故が始まった。七二年、九六年に続き、二〇〇二年十月にも起きた。家屋への被害から団地では現在、二世帯四人が避難生活を余儀なくされている。

 避難中の渋沢秀樹さん(49)は「前触れもなくドシンと来た」と事故当時を振り返る。

 もう一人の被害者の大田昭彦さん(37)は「庭に直径五メートル、深さ三メートルの穴が開いた。家全体も十五センチは陥没している。買ってから二年半しかたっていないのに」と唇をかむ。柱が土台から浮き上がり、補修なしには住めない状態だ。

 事故前の市の調査では、大田さん宅の場合、地下壕は地下二十五メートル付近を通っており、「安全」という判断だった。それなのになぜ陥没事故が起きたのか。市によると、壕の天井部分が崩落し、空洞が上に移動する現象が起きたという。

■壕は素掘りで補強工事なし

 渋沢さんは「壕は建設途中で放棄されており素掘りのままだ。天井の補強工事がされなかった。さらに戦後のどさくさで、燃料用に壕の梁(はり)が持ち出されたとも聞いている」と話す。

 二家族ともに昨年四月、国交省の「特殊地下壕対策事業」の対象になった。しかし、工法をめぐり、都と国交省の交渉が難航し、今月下旬からようやく着工される運びに。崩落した場所を中心に長さ約五十メートルを薬液で埋めるが、完成は十二月下旬の予定。それまでは自宅に戻れない。

■高さ10メートルでも“11階建て”が

 こうした崩落事故への住民不安に追い打ちをかけるように、新たに梅ケ丘団地南側の斜面に「地下室マンション」計画が持ち上がった。

 地下室マンションとは斜面を切り崩し、一部の階層を地下室扱いすることで、本来は低層住宅しか建てられない地域で事実上、中層階ビル建設を可能にしたものだ。「景観や住環境の破壊につながる」と首都圏や関西などでトラブルが発生し、横浜市や神奈川県横須賀市などは、独自の条例で規制に乗り出した。

 梅ケ丘の場合、東京都千代田区の開発業者「荒川建設工業」が計画しているマンションは地上三階、地下四−八階建て。現場は建物の高さに十メートル以下の制限がある第一種低層住居専用地域だが、ここに“十一階建て”が出現する予定だ。

 だが、梅ケ丘自治会などは計画が持ち上がった今年四月以来、「建設重機の振動で状況が悪化する」と反対運動を展開してきた。

 渋沢さんは「陥没事故の二年前にも、近隣で大規模工事があった。マンション工事の影響は大きい」と不安がる。市議の一人も「建設予定地にも防空壕跡がある。工事を強行すれば事故が起きるだろう。加えて、斜面を切り崩せば、地下水脈が変わり、どんな被害が出ることか」と憤る。

 当初は及び腰だった市側も高さ制限をより厳しくすることで事実上、計画の白紙化を迫る条例制定の検討を約束した。しかし、住民の間には「着工予定の十二月までに条例ができるかは疑問」(渋沢さん)と悲観する声も少なくない。

 荒川建設工業側も「戦後、何度も大地震があったが、その時には崩落していない。重機の振動程度で事故は起こらない。反対運動で工事を止めれば、予定地の資産価値がゼロになる。撤退はありえない」とあくまで着工する構えだ。

 この日野市に代表されるような防空壕がらみの事故は、全国で多発している。国交省の二〇〇一年度調査では、陥没や土砂崩れなどが全国で九九−〇一年に十三件あった。旧海軍の飛行場があり、全国最多の壕がある鹿児島県鹿屋市では二〇〇〇年、県道が陥没し、女性が車ごと転落して死亡する事故が発生している。

 戦時中に造られた防空壕などの地下施設が全国に五千三カ所あり、うち七百七十七カ所について自治体などが「危険」と判断している。ただ、梅ケ丘の例のように未判明のケースもあり、実際はこれを上回る。

■防空壕の位置 政府は未公表

 しかし、国交省は危険個所を公表することを拒んでいる。同省都市防災対策室は「(防空壕は)個人の土地にある場合も多い。公表するとプライバシーの侵害になり、不動産の資産価値も落ちる」と説明する。

 自治体も積極的に壕の存在を公表していない場合が多い。その結果、「昔からの住民は壕の存在を知っていて、『あんな最悪の家をよく買ったね』とばかにされた」(渋谷さん)という悲劇が後を絶たない。

 国の特殊地下壕対策事業にしても壕の埋め戻しだけで、陥没事故の家屋破損に対する補償はない。国交省は「事故が起きる前に自治体が危険と判断して要請すれば、家屋が被害を受けることはない」(都市防災対策室)とげたを自治体に預けるが、自治体側には要望を出しづらい事情もある。

 日野市防災課は「調査費は全額市持ちで、特殊地下壕対策事業も五割負担を求められる。財政事情が許さない。壕がらみの補償は壕を造った国が面倒を見るべきだ」と強く反論する。

 こうした“たらい回し”のつけを払うのは結局、住民なのが実態だ。大田さんは憤りを込めて訴えた。

 「自治体は事故前に『危険』判断をしない。国にしても大事故が起きて、ようやく工事の優先順位を上げるだけ。どうして庶民の生活を第一に考えてくれないのか。どんな形でもいいから、家を直してほしい」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040921/mng_____tokuho__000.shtml