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つづら折りの山道をのぼり、トンネルをいくつもくぐり抜けると、標高約一四〇〇メートルの緑の谷間に白骨温泉はあった。三連休最後の十九日朝、入浴剤を入れていたという公共露天風呂をのぞくと、お湯は抜かれ、入り口の張り紙には「しばらくの間、休業いたします」と書かれていた。
問題の発端は十二日、週刊誌が、この風呂が一九九六年ごろから草津温泉を原料にした入浴剤を入れていたことをすっぱ抜いたのがきっかけだ。その後、地元の安曇村村長が温泉旅館組合長を務めていた時代から混入が行われ、村長が経営する旅館など二館でも使っていたことが発覚した。
入浴剤を使っていた旅館の責任者(26)は、いきさつをこう説明する。
「公共風呂のお湯が透明になったため、どうしようという話になったとき、この風呂の従業員が入浴剤のことを聞きつけてきて使ったのが始まりだ。うちも一時ポンプの加減が悪くて白色が足りなくなったとき同じものを入れるようになった。『白骨なのになんで透明なのか』というクレームに応えるためで、悪意はまったくなかった」
村長は旅館にこもったままだ。専務として村長の旅館経営にたずさわる長男(37)が代わりに「宅配便で、温泉組合に入浴剤が運ばれていることは知っていた。旅館の川沿いの露天風呂の色が薄くなったため、自分の判断で入れていたが、おやじに断ると『そうか』くらいの返事だった。特別な薬品でもなく、あくまで顧客サービスの一環と考えていた」と答える。
■経営者に不安「ファン離れる」
白骨温泉は江戸時代の中期から営業されているといわれ、石灰分で湯船が白くなることから元々は「白船」と呼ばれていた。沈殿物が柱状になるので「白骨」ともいわれるようになり、中里介山(一八八五−一九四四)が小説「大菩薩峠」で白骨温泉の名を使ってから、こちらの名称が定着するようになったという。
そんな白骨の名を汚す入浴剤問題の発覚で、さぞや来客は減っただろうと思いきや、温泉に通じる林道は数珠つなぎの大渋滞だ。温泉街入り口の約八百メートル手前から温泉組合の職員が誘導する。連休とあって十七、十八日は十三軒ある旅館は満室状態だ。日帰り用の風呂も、名前を書き込んで一時間待ちの盛況ぶりだ。
ある旅館の経営者は「キャンセルどころか、テレビに取り上げられるようになってから一日二十件以上の問い合わせがある」と戸惑いながら、「話題になっているところを見ようとするやじ馬特需ではないか。これから本格的なシーズンを迎えるが、本当のファンが離れていってしまわないか長い目で見ると心配です」と胸中を明かした。
実際に、日帰り客用の温泉に入ってみた。色は文字通り白濁し、硫黄のにおいもイメージそのものだ。ここの従業員は「源泉は十数カ所あり色はそれぞれ異なる。入浴剤を入れたところは、透明なお湯だが、うちは本物です」と説明するが、長野県松本市から来た主婦(20)は「もう白い温泉はみんな入浴剤入れてるように思えちゃうね…」。
大騒ぎとなった入浴剤混入問題だが、法的には処分の対象にならないのか。
環境省の担当者は「温泉法上では、加水、加温、塩素消毒のための薬剤投入は認められている。では、入浴剤はどうなのかというと明確な基準はなく、線引きは難しい。極端な話、バスクリン入れたって違法ではないわけです」としながら「今回のケースは法以前の常識の問題。全国調査するにしても『はい、やってます』と正直な答えが返ってくるかは疑問で、調査も実効性があるとは思えない」と複雑な表情を見せる。
入浴剤を混入していた公共露天風呂は源泉の変更の届け出がなかった点については温泉法に抵触するものの、長野県松本保健所の担当者は「『犯意』があったわけでなく、自動車免許の書き換えを忘れていた程度の問題」とし、「今回の件は『裏切られた』という声がある一方で、『この程度のことは』という擁護の声もある」と、どこか慎重だ。
■温泉地の得意先「答えられない」
だが、問題は「この程度のこと」という軽い認識で入浴剤混入がどこまで広がっているかということだ。長野県の田中康夫知事は記者会見で「ブランドは、実体のあるイメージそのものがフェイク(にせもの)だったと判明したときに瓦解する」と三菱自動車の事故隠しも例に挙げ、危機感をつのらせている。
実際に、入浴剤を納めた群馬県草津町のメーカーに事情を聴くと、「うちは草津温泉を原料にしてますから全国の浴場でも人気が高く、銭湯やスーパー銭湯にも販売している」と説明。「では温泉地ではどこに」とたずねると「具体的な得意先は答えられません」との答えが返ってきた。
全国約四千四百カ所の温泉に入った札幌国際大学の松田忠徳教授(温泉学)は「白骨温泉は、私の番付で東前頭筆頭格。全国でも非常に良質な温泉のはずでした。かつて愛知県吉良町で水道水を温泉と偽ったり、宮崎県日向市の温泉施設でレジオネラ菌で多くの死者、感染者を出したケースがあったが、有名温泉地が故意にやったという意味で今回が一番悪質。モラルもここまで落ちてきたかという象徴的事件」と問題を重視する。
その上で「温泉は最初はみな無色透明で、その後酸化して白くなる。白濁しているというのはお湯が古い証拠。イメージだけ追い求め、温泉の本質が分かっている人が全国の経営者にほとんどいないのが根本問題です」と指摘する。
■源泉成分の表示 浴槽ごとに必要
温泉表示の適正化を目指す「源泉湯宿を守る会」の平野富雄会長も「全国約一万五千の温泉施設のうち、源泉のみを使い、循環もしていないのは数%」と現状を明かし、最近の温泉ブームについて危ぐする。
「貸し切りや、温泉付き個室が人気で、使用する湯量は増えざるをえない。源泉からの湯量が一定なのに、どうして全部、温泉と言い切れるのか。温泉法は、源泉成分の表示は義務づけているが、浴槽ごとの成分を示さなければ消費者本位になっていない」
今回の入浴剤混入に対する行政の姿勢に、温泉大国の抱える本質的な問題があるとみて、こう警告する。
「消費者を長年にわたり欺いた行為は、明らかに虚偽表示。村長が謝罪するだけで、国や、県はどうして明確な罰則規定を適用しないのか。そこには業界と行政の長年のなれ合いがあるのではないか。極めて良心的な個人温泉旅館がある一方、都心では相次いで浴槽の成分も不明瞭(めいりょう)な大型温泉施設ができている。今回の問題を教訓に情報開示方法が見直されないと、日本の温泉は信頼を失い、誰も行かなくなるだろう」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040720/mng_____tokuho__000.shtml