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2004年07月20日(火) 00時00分

小泉武夫の食味学 … 冷や汁読売新聞


豆腐を手でザクザクとつぶして入れるだけで、すりばちですらないので、食べごたえがある。とれたの新鮮なショウガがピリッと刺激的な味わい  暑くなると冷たいものを摂りたくなるのは人の自然の要求である。夏の日本の食卓には昔から「冷物(ひやしもの)」がとても多くあったのは、この国は温帯気候地帯でとにかく夏は暑い。そこで冷たいもので体も心も癒やそう、との食文化のひとつでもあるのだ。冷奴、水貝、冷麦、白玉、水羊羹、心太(ところてん)、掻き氷など幾つもある。

 「冷汁」(ひやしじる)もそのひとつで、味噌やすまし汁などを、その器とともに冷やしたものを指すが、正統なものは鳥肉や鯛を焙り、細末にしたものを汁味噌の中で煮抜き仕立てにし、生姜、茗荷、浅葱、焼味噌、すり胡麻などを加えてから冷やしたものをいう。夏ばかりでなく、調理法に応じて四季いずれにも用いられ、日本料理の流派のひとつである四条流には「十二冷汁」という法式まである。女房詞(隠語の一種で宮中の女官らが使った)では「ツメタオシル」という。

 江戸時代の『庖丁聞書』や『料理物語』には、鳥肉や鯛肉を焙り、細末にして汁味噌の中に入れて煮抜き、その汁に生姜、茗荷、浅葱、甘海苔(あまのり)などを入れる、とある。冷や汁に使う味噌を一度焼くことも教えているが、それは風味を出すためであろう。

 さて、宮崎県西都市の冷や汁は、江戸時代の本流のものとは造り方を異にした、地域的発想によるものであろう。肉は使わず、魚のいりこ、豆腐、味噌がタンパク質、胡麻、ピーナッツが脂質、シソ、キュウリ、玉ネギが薬味となっている。これらの材料は、栄養学的、調理学的にみて実に知恵が深い。スタミナ不足を補う夏にあっては、誠に栄養のバランスが整い、特に豆腐を使うあたりは妙で、この冷や汁から摂取できるタンパク質の量は、肉を使った場合より勝っている。

 また、体によい不飽和脂質やビタミン、ミネラル類も豊かに期待できる。そして、その汁を麦3対米7の麦飯にぶっかけて食べる術には脱帽ものだ。しっかりと炭水化物も摂っている。このような知恵の冷や汁は、ぜひ次の世代にも伝え続けて欲しい。

旅行読売2004年8月号より

http://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/fd040803.htm