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オウム真理教が松本サリン事件を引き起こしてから、27日で10年を迎える。事件の犠牲者は7人、重軽症者は約600人に及び、教団はそのまま翌春の地下鉄サリン事件へと突き進んだ。被害者は今も心身の不調を抱えるが、時間の経過とともにケア体制は縮小されようとしている。「国が責任をもって取り組むしか解決の道はない」。曲がり角に立たされた被害者や支援者の中には、そうした声がある。
10年前の蒸し暑い夜、突然の惨劇に見舞われた長野県松本市の現場は、松本城の北側に広がる閑静な住宅街だ。6人が犠牲になったマンションはそのまま残る。
当時は高校生で、現場近くの実家に住んでいた女性(25)は、目や頭の痛みを感じ、母親が運転する車で松本市内の病院に駆け込んだ。目に「縮瞳」の症状があり、そのまま4日間入院。加療約2週間と診断された。
松本智津夫被告の起訴段階で、殺人未遂の被害者とされた144人のうちの1人。
今も目の裏がしみるように痛むことがある。夜道を車で運転中、コンビニなどの明るい光が差し込むと症状が出やすい。
ときどき実家に戻る。事件当時のような同じ蒸し暑い夜に現場の近くを歩くと、騒然とした様子を思い出し、気分が悪くなる。しかし、医者からは「サリンの症状は完治した」と言われている。「目の痛みと付き合っていくしかないんです」
現場近くにずっと住んでいる男性(68)は、事件の夜、救急車のサイレンで起こされた。そのときは特に症状はなかったが、翌朝、会社に出勤すると気分が悪くなり、帰宅して電気をつけると暗く感じた。病院に行くと縮瞳と診断された。
「目が疲れやすい。新聞は休みながらでないと読めない」と話す。微熱が出たり、眠れなかったりもする。
市の健康診断で何度か目の疲れを訴えたことがあるが、「サリンの影響ではない」とされた。今は検診に行かない。「年もとった。体の調子が悪いのもしょうがない」と言い聞かせている。
松本サリン事件の後、松本市は「えたいの知れない被害に住民の不安が広がっている」として、信州大医学部や地元医師会と連携し、健康調査や無料診断を始めた。この10年間で12回を数える。
昨年末には、住民1800人を対象に、6年ぶりの大規模な健康調査をした。事件当時に中毒の自覚症状があった99人のうち、68人が今もめまいや微熱などの身体的症状があると訴えた。精神的な症状を抱える人も72人に上った。
「心の問題」に限らず、継続的なケアの必要性を指摘する声は強い。
松本、地下鉄両サリン事件の被害者の支援を続けるNPO「リカバリー・サポート・センター」(RSC・東京都)によると、年月を経てむしろ心身の症状が悪化する人が少なくないという。「体がだるいが、手当が少ない部署に回されたらローンが返せなくなる」「会社にも家族にも打ち明けていない」。そんな声も漏れてくる。
RSCと連携する井上眼科病院(東京都)の若倉雅登院長は「被害者の苦しみを聞いてあげる努力がケアにつながる」。松本事件発生時の信州大付属病院長で、治療に当たってきた柳沢信夫・関東労災病院長も「希望者には検診を続け、安心感を与えていく必要がある」と指摘する。
国による被害者のケアとしては、厚生労働省が無料で検査やカウンセリングをする制度を設けてはいる。
だが、あくまでも「労働災害行政上の施策」という位置づけで、通勤中に地下鉄事件に遭うなどして労災認定された人しか対象にならない。深夜に住宅街で発生した松本事件の被害者は、適用を受ける余地すらない。RSC事務局長の磯貝陽悟さんは「国が積極的にかかわるしか根本的な解決の道はない」と訴える。
国や国会はかつて、被害者救済に積極的に動いたこともあった。教団の資産が被害者に少しでも多く回るよう、98年には国の債権を事実上放棄する特例法を議員立法で成立させた。国会では「被害者の問題を幅広く解決するのは我々の課題だ」という声が強く示された。しかし、議論は進展しなかった。
「本格的な被害者支援となると、官僚は財政負担や事務作業が増えることを真っ先に考え、二の足を踏みがちだ。現実を突き動かすのは、結局は世論の力ではないか」。一連の問題にかかわった経験もある政府関係者の一人はそう漏らした。(06/26 21:49)