2004年05月14日(金) 15時12分
オウム早川被告、高裁も死刑判決…2審の死刑5人目(読売新聞)
坂本堤弁護士一家殺害など7事件で殺人罪などに問われたオウム真理教元幹部・早川紀代秀被告(54)の控訴審判決が14日、東京高裁であった。中川武隆裁判長は「真摯(しんし)な反省の情を示しているが、幹部の地位にあった被告の責任は重く、斟酌(しんしゃく)すべき事情を検討しても死刑はやむを得ない」と述べ、1審の死刑判決を支持、弁護側の控訴を棄却した。
教団の一連の事件で、2審も死刑判決を受けたのは5人目。弁護側は直ちに上告した。
判決は、最も量刑に影響が大きい坂本事件について、「率先して部屋に侵入し、所在を確認して侵入許可の合図を送るなどリーダーシップを発揮しており、指導者の1人だった」と認定。信者だった田口修二さん(当時21歳)リンチ殺害でも、「役割は小さくない」と指摘した。
弁護側は、被告が各犯行時、麻原彰晃こと松本智津夫被告(49)(1審・死刑、控訴中)に心理的に拘束され、「心神耗弱状態だった」と主張したが、判決は「被告自らの判断だった」と退けた。
判決によると、早川被告は松本被告の指示を受け、1989年2月、教団を脱会しようとした田口さんの首を絞めて殺害。同年11月には教団批判の中心だった坂本堤弁護士(当時33歳)の自宅を故村井秀夫元幹部ら信者5人とともに襲い、坂本弁護士と妻の都子さん(同29歳)、長男の龍彦ちゃん(同1歳)の首を絞めたり、顔を押さえたりして窒息死させた。
◆「殺生も救済、思い上がりだった」と悔悟の日々◆
「本件控訴を棄却する」。顔を紅潮させ、緊張した様子で裁判長の前に立った早川被告は、開廷直後の午前10時過ぎ、主文を告げられると、裁判長を見上げたまま小さくうなずいた。
一方、坂本都子さんの父、大山友之さん(73)は「どのような重い罪科でも心は癒やされないが、法定刑の極限をという思いに変わりはない。控訴棄却は当然だ」とコメント。坂本弁護士の同僚だった岡田尚弁護士も「判決の結論は当然で、早川被告には教団でかかわったすべての事実を明らかにしてほしかった」との談話を発表した。
早川被告は1986年の入信当初から信者のリーダー的存在で、熊本県波野村に教団が進出する際の土地買収や、富士山総本部(静岡県富士宮市)の建設を担当。教団が省庁制をとってからは「建設省大臣」となり、自動小銃やヘリコプター購入にあたるなど、教団武装化を裏で支えた。
逮捕後は犯行を認め、遺族らに謝罪。弁護団が控訴審で妻を情状証人に呼ぶことを提案したが、「家族を殺された遺族の前で、自分が妻に助けてもらうわけにはいかない」と拒んだ。
2月の松本被告の1審判決前には、「グル(松本被告)の指示なら殺生も救済になると信じていたが、思い上がりだった。私たちの与えた苦しみは今生では償いきれない」と悔悟し、現在は、兄弟の生き方を通じて神と人間の関係を描いたドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んでいるという。(読売新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040514-00000203-yom-soci