悪のニュース記事

悪のニュース記事では、消費者問題、宗教問題、ネット事件に関する記事を収集しています。関連するニュースを見つけた方は、登録してください。

また、記事に対するコメントや追加情報を投稿することが出来ます。

記事登録
2004年03月18日(木) 00時00分

「文春」出版禁止問題 田中家と雑誌の関係 東京新聞

 田中真紀子氏の長女の記事を掲載した「週刊文春」の売れ行きは、皮肉にも好調だったようだ。出版禁止問題で話題となったからだが、記事の主人公が真紀子氏の家族だからという点も大きな理由だろう。角栄氏から、田中ファミリーはことあるごとに雑誌メディアに取り上げられてきた。なぜ雑誌はこの家族を狙うのか。田中家と雑誌メディアの関係とは−。

 「田中さんの記事のことで話をしたい。社長に取り次いでほしい」

 週刊文春を発行する文芸春秋社に、真紀子氏の長女の代理人の森田貴英弁護士から電話がきたのは十六日午前十時半ごろだった。

 同社社長室によると、その約十分後、再び森田弁護士から電話が入り、「依頼人(長女)が直接社長と話をしたいと言っているので伝えてほしい」と申し入れてきた。

 長女本人の要望ならば、と役員と面会してもらうことを検討している矢先の十一時半ごろ、今度は東京地裁から電話が入った。出版禁止の仮処分申し立てが行われたことを告げられたのはこのときだ。

 午後一時前に三たび弁護士から電話があった。「仮処分を申し立てた。必ず出版を差し止めますので、その旨ご理解ください」との通告で、今回の仮処分の騒動に突入していった。

 問題の記事は長女の家庭問題を、独占スクープとして三ページにわたり報じている。長女は十四日に記事について森田弁護士に相談を持ちかけている。同日、週刊文春編集部に同弁護士から「記事はプライバシーの侵害に当たるものであり、善処を求める。善処されなければ法的措置を取る」とのファクスが届いたという。翌十五日には同内容の文書が文芸春秋社長と週刊文春編集部あてに内容証明付きで送られている。

 森田弁護士によると依頼人は長女本人からで「ご両親は一切関与していない」というが、田中ファミリーと雑誌メディアの“攻防”はこれが初めてではない。一九七四年、立花隆氏が月刊「文芸春秋」誌上に執筆した「田中角栄研究−その金脈と人脈」は、首相退陣の引き金となった。娘の真紀子氏についても、外相としての資質に厳しい批判を投げかけ、秘書給与疑惑を執拗(しつよう)に追及し、衆院議員辞職に追い込んだのも雑誌メディアだ。

■角栄氏は3位 真紀子氏21位

 記事の内容はともかく、田中ファミリーの雑誌への露出度は際立っている。雑誌専門図書館の大宅壮一文庫の調べでは、七一年の同文庫の創設以来、雑誌に取り上げられた人物の記事件数ランキングで、田中角栄元首相は三位だ。二十一位の真紀子氏と合わせると田中ファミリーものはトップに躍り出る。「田中家ネタ」は雑誌の格好のターゲットなのだ。

 田中ファミリーを題材にした著作がある政治評論家の小林吉弥氏は「角栄さんは金権政治家とらく印を押すだけでは終わらない人物。手を替え品を替えても人物解剖し尽くせない深みという点では戦後の首相の中で出色だった。真紀子さんはそのDNAを引き継いだ娘。田中家に注目が集まったのは、彼らが人間的な魅力を備えていたからだ」と指摘する。

■狙われる『私人』キャラクター

 雑誌が狙うのは政治家という「公人」の面以上に、「私人」としてのキャラクターのようだ。

 今回の記事では、政治家ファミリーだけに長女らが政治家になる可能性はあるとその「公人性」を説明しているが、週刊文春の元ライターは、“真紀子ネタ”は販売部数増のための必須アイテムだと指摘する。

 元ライターは「ほぼ半数を占める女性読者のことを考えると、はっきり言って“真紀子ネタ”は貴重。はっきりものを言って、小泉首相や外務省に一人でたてつく、正義の味方のような存在。その家族の話題はどんな話でも当然、ニュースと判断する。日本人は家族の話が好きだから。この場合、公人か私人かなんて、簡単に線を引けないですよ」と本音を漏らす。

 真紀子氏批判記事を週刊文春に書いたジャーナリストの上杉隆氏も「最初の記事が出たのは外相就任前の二〇〇一年一月で、編集部内には『こんな話、売れるかなあ』という声もあった」という。それが同年四月に外相に抜てきされると週刊文春編集部から「もう一本書いてほしい」と依頼され、その後、真紀子氏批判がキャンペーン化していったという。

 同社社長室も「雑誌一般として、田中家にはワイドショー的なネームバリューがあるという見方はある。(長女が)公人といえるのか、疑問があるとは認識している」と認める。

■『世間の憤り』を呼ぶ役割

 立教大学の門奈直樹教授(比較メディア論)は「長女自体にはニュースバリューはなく、真紀子氏の令嬢だからこそ出版社は取り上げたのだろう」と指摘した上で、雑誌メディアの役割を「通常、プライバシー報道には公共の利益というてんびんがある。英語のスキャンダルには醜聞と同時に、世間に憤りを起こさせるという意味を持つ。有名人の子弟の場合でも、覚せい剤など違法行為をしている場合は別だ」と説明する。

 ただ今回の記事については「公益性に疑問を感じざるを得ない」と疑問符をつける。

 今月で休刊した月刊誌「噂の真相」の岡留安則編集長も「真紀子氏だって角栄氏の後を受けて政治家になった。長女も世襲する可能性があるという意味では公人的色彩が強い」と強調し「自分の編集方針として、社会に影響を与える評論家、作家、文化人は“みなし公人”としてスキャンダルをあばく対象にしてきた」と持論を述べるが、「今回の記事の線引きは難しい。三ページで扱う価値はない。うちなら三分の二ページのコラム程度」と話す。

■『新聞・テレビに拡大の恐れ』

 今回の仮処分命令に対しても「だからこそ、なぜこの程度の内容でこの処分がでるのか。この判断は新聞、テレビにも拡大解釈されていく」と批判する。

 メディア批評誌「創」の篠田博之編集長は「今回の内容でダメなら、週刊誌ジャーナリズムの大半の記事がダメになるということにつながりかねない。雑誌を狙い撃ちし、相当厳しい判断が下された」とし、その背景には「名誉棄損の損害賠償額の高額化や個人情報保護法など、全体として週刊誌ジャーナリズムに対する批判が厳しくなっていることが裁判官の判断に影響したのでは」と推測する。

 さらに裁判所に対しては「極めて短時間に判断が下されたようだ。かなり異例で一種の言論封殺といえる。メディア全体で厳しい状況が起きつつあるという象徴的出来事。今回の報道内容の是非とは別に、司法判断のプロセスを徹底的に検証することこそ重要だ」と強調する。

 門奈教授は雑誌メディアにこう注文を付ける。「権力に対抗するスキャンダルは社会の健全な発達に不可欠で、その場合はおくする必要はない。ただ、メディア側は『書き得』的な姿勢を排し、説明責任をどこまで果たせるか厳しく求められることになるだろう」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040318/mng_____tokuho__000.shtml