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生活費を家に入れるのが滞りがちだったから、妻も「おかしいと思っていた」と言った。消費者金融からの借金は十一社五百万円、月々の返済は合計二十数万円に上っていた。返済のことばかり考え、仕事もおろそかになっていた。二〇〇一年の夏ごろだった。
一九九五年ころに買ったマンションの住宅ローン返済は、当初の返済額を少なめに抑える住宅金融公庫「ゆとり返済」の期間が終わり、返済額が急増していた。マンションの修繕積立金も値上がりしたので、住宅に絡む月々の支払いは計四万円ほど高くなった。どう考えても限界だ−。
初めて消費者金融を利用したのは、父親が病気で急死した九一年。妹はまだ高校生。気落ちした母親は家にひきこもってしまった。生活はすべて、就職したばかりの幸夫の肩にかかった。
手取りは約十七万円。ダイレクトメールを送ってきた消費者金融会社から、生活費に三十万円を借りたのだ。
一年後、「収入の高い仕事に就けば、金を借りなくて済む」と思い、運送会社の契約ドライバーに転職。三十万円は完済した。この時既に、借金への抵抗感を失っていたのかもしれない。
転職で一時的に手取りは倍近くに増えたが、支出も増えていった。結婚し自分の家庭を持った。母と妹の生活費に加え、車のローン。やがてマンションのローンも…。
■生活費の補てん “限界”に
転職後一年もすると、不景気で手取りが減り始めていたが、生活水準を下げることはできなかった。妻には「これでやりくりしてくれ」と丼勘定で金を渡していた。「だから、節約してくれとも言わなかった」
家に入れる金が足らなくなった。手元にはカードが八枚あった。「使わなければいいだろう」。気軽にそう思って、クレジット会社や消費者金融から勧められるままにつくってきた。
カードを使うことに抵抗はなかった。不足した生活費数万円を、自動現金支払機から引き出して、妻に渡すことを繰り返すようになった。
■妻に黙って必死で返済
一社の限度額まで借りてしまうと次の社へ。収入があると一社に返す。すると、その社に借入枠の空きができるので、すぐキャッシングをして、次の社に返すことの繰り返し。
「返済日がばらばらだったので、滞りなく金が回っているつもりになっていた。実際には、金利分を支払っているだけなのに…」
どう金を回せば返済期限を守れるのか、ありとあらゆる方法を考え、借り入れと返済を繰り返した。「でも、家計を見直すことだけは考えなかったのです」
〇二年秋、多重債務者の救済に使われる「特定調停」という手続きがあることを新聞記事で知った。多重債務者の救済に取り組む市民団体を訪ねれば、こうした手続きのやり方を教えてもらえるという。幸夫は市民団体に駆け込んだ。
市民団体では「基本的に借りた金は返す。調停委員を交えて、返し方を相手と交渉する場が簡易裁判所だ」と説明を受けた。家計の現状を書き出し、給料の範囲内で暮らせるよう計画を立てることを教えられ、初めて支出も見直した。
特定調停の中で、利息制限法の上限金利で借金を再計算すると、払いすぎている消費者金融会社もあることが分かった。そうした会社には過払い金の返還請求訴訟をし、お金を取り戻した。住宅ローン以外の借金残高は大幅に減り、月々の返済額は七万円で済むようになった。
しかし、特定調停で解決した後も、消費者金融会社からは「昔借りていただきましたよね。またどうぞ」という電話がひんぱんに入る。
「過去を忘れないため」に幸夫は市民団体の集いに通い続け、昨年秋、ボランティアの相談員になった。
借金返済の苦しさを語ってくる相手は「かつての自分」だ。「保証人も担保もなしで本当に簡単に金は借りられる。しかも借りている間、不思議とどこからもストップがかからない。だから、冷静になって現実を見つめる時間をつくってあげたいのです」
(坂口 千夏)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kur/20040318/ftu_____kur_____001.shtml