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2004年03月02日(火) 00時00分

鳥インフルエンザ “駆け込み出荷”のワケ 通報なら経営ヒビ 東京新聞

 京都府丹波町の鳥インフルエンザが発覚したのは、匿名の電話からである。鶏の大量死に気づきながら当の業者は通報せず、“駆け込み出荷”し、感染を拡大させた。農水省は一日、こうした通報の遅れを防ぐため、業者の受けた被害を国が補償する制度をつくる考えを示した。養鶏業者を「モラルハザード(倫理観の欠如)」のような行為に追い込んできた事情は−。

■頭よぎる『隠ぺい処理』

 まずは、養鶏業者の声から聞こう。鳥インフルエンザが発覚した丹波町・浅田農産船井農場近くの養鶏業者(43)が、こう憤る。

 「どうやっても隠せるもんじゃないんだよ。それが日本養鶏協会の副会長(浅田肇・浅田農産会長)まで務める大手が加害者になっているんだから、われわれも灰色の目で見られる。同じ京都で、半年前の卵を偽って出荷した京都山城養鶏生産組合の事件もあった。その直後でしょ、業界全体が隠ぺい体質だとらく印を押されたようなものだ」

 だが、自身の養鶏場で感染の疑いが出た場合、どのような対処をするのか、という問いには、多くの業者が考え込む。兵庫県出石町の養鶏業、山下真さん(51)は重い口を開き、言う。

 「もし自分のところで鶏が死んだら、民間の検査機関で検査して、公にせずに処分してしまおうかという思いが頭をよぎる瞬間がある。鳥インフルエンザと宣告され、経営が立ちゆかなくなる可能性を考えると、県に知らせて検査を受け入れるのは覚悟が要る」

■「取引失う不安いたたまれぬ」

 鳥インフルエンザが発生すると、半径三十キロ以内で鶏や卵の移動制限や出荷停止の措置がとられる。一時的な措置だが、解除された後にも大きな不安があるようだ。丹波町に隣接する町が制限範囲内であるため現在、出荷停止中の養鶏業者(36)は打ち明ける。「得意先はこの間、別の仕入れ先を見つける。出荷停止の解除後も風評被害が確実で、京都の卵や鶏の値段が下がるだけならまだしも、取引自体がなくなる不安が大きく、いたたまれない」

 多くの業者に共通するのは「感染ルートも解明されていない現段階では、感染は不可抗力」との思いだ。それでも、自ら感染の疑いを通報し処分するには経営上のリスクがあまりに大きいとの本音がちらつく。感染の場合、国などの損害補償はどうなっているのか。

 農水省によれば、家畜伝染病予防法では、鶏に限らず、法定の伝染病で、発生農家に対して殺処分を都道府県知事が命じた場合は、(処分した商品の)評価額の五分の四を国が手当金として支出している。ただ、感染が確定する前、疑いがある段階での自主的な殺処分にはこの手当が出ない。

 また、「鶏の移動制限に対しては、法制度上の補償制度はありません」と、農水省関係者は、現行では移動制限を受けた業者らへの補償がないことを明かす。「感染症のまん延防止について、何の手当てもないと、業者が感染を隠すかもしれない。それで個別事業として、『個々のケースで予算措置』をして、対応している。山口県では、制限を受けた業者が卵を加工品として売った価格と、卵として売った場合の差額の半分を国で補てんしている」(先の関係者)というのが実情のようだ。

■保護の殻、牛豚厚く

 さらにいうと、牛豚に悪性感染症が出て、周辺の生産者が行政や地域の要請で殺処分した場合には、国と生産者が資金を積み立てる「家畜防疫相互基金造成等支援事業」によって一定の手当金が出るが、鶏の生産者らは対象外だ。

 鶏の生産者らも昨年十二月、同様の組織として「鳥インフルエンザ互助基金」をつくり、感染症発生業者の周辺生産者が、国の指導で殺処分する場合に備え始めた。だが、牛豚と違い国の資金は入っていない。

 牛豚の生産者に比して、鶏の生産者に対しては、国の「保護」が薄いように見える。なぜか−。

■「豚にはコレラ 牛なら口蹄疫」

 背景の一端を、農水省衛生管理課の小倉弘明課長補佐は「それぞれ歴史がある。相互基金の支援事業は、豚には豚コレラが、牛には口蹄(こうてい)疫という伝染病があり、国も助けるから、万一に備えましょうよということで、政策誘導してきたし、生産者も危機感を持ってきた」と説明する。鶏については、「今後、どういう仕組みでやるかだ」と話していた。

 先の同省関係者は「農畜産業の中では、鶏の生産業者は、企業経営化が進むなど、先進的な分野だ。卵の自給率は国内で95%近く、安い外国産の肉と競争を強いられる牛豚の業者とは違う。そうした点から鶏については、これまで国の補助を受ける産業でなかった。ただ、防疫という観点からは、牛も鶏も区別はないが…」とも話した。

■移動制限法的補償なし

 岐阜聖徳学園大学の坂井田節教授(家きん学)は「外国の例を見てると、インフルエンザ制圧のため、養鶏場自体に損はさせない補償をしている。鳥インフルエンザ発生は火事の火元というよりは、交通事故に遭うのと似ている。万全を期しても起きてしまうことがある。移動制限を受ける三十キロ圏内を含め、国なり県なりがきちっと補償をするべきだ」と強調する。

 さらに「民間の保険も、牛などには治療などにも使える人間の健康保険のようなものがある。しかし鶏は火災や熱射病など事故として取り扱う場合の保険しかない」とも付け加える。

 日本養鶏協会では二〇〇一年から、牛豚の業者に講じているのと同様の「防疫相互基金事業」を鳥インフルエンザにも適用するよう国に要望していたが、反応がなかった。このため、昨年十二月から独自に募集を始めた。これが前出の「鳥インフルエンザ互助基金」だ。二百十九軒で約一億円が集まっているが、山口、京都いずれの発生農家も加入していなかった。

 日本養鶏協会の島田英幸専務理事は「牛と鶏では予防衛生に対する緊迫感が違う」とも指摘する。「牛は一頭百万円ぐらいするので病気になれば治療する。鶏は治すという発想はない。発生すれば、集団を守るために病気の鶏を処分するしかない。だから病気が入ってくる前に防ごうと数年前から対策をとる。国は、牛などの大家畜のスピードで物事を考えている。鶏はそのスピードでは間に合わない。数千、数万羽とまん延してしまう」

■『鶏は治療せず処分』

 同協会では、鳥インフルエンザワクチンの使用も要望しているが、国は慎重な姿勢を崩していない。

 前出の坂井田教授は「ワクチンを鶏に打ってしまうと、ウイルスが入ってきたときに鶏は治るが、気づかず世話に当たっていた人に感染するという危険もある」としたうえで、「ワクチンを認めれば、日本が鶏インフルエンザの常在国と認めたことになる。農水省はまだ常在国と見られたくないという考えなのではないか」と推測する。

 農水省は一日、被害を受けた業者への補償を制度化する考えを示したものの、補償内容の検討は今後の課題で、具体化は未知数だ。坂井田教授は強調する。「もし『損しても、自分で守れ』という方策ならば、ワクチンを認めるべきだし、そうでないなら補償を万全にすべきだ」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040302/mng_____tokuho__000.shtml