2004年03月01日(月) 14時24分
春秋(日経新聞)
薄明かりの外気を破るように街路樹の幹をコツコツとつつく音で春眠が破られる。見ればコゲラが普請中の巣穴から懸命に嘴(くちばし)で木くずをかき出している。健気(けなげ)さに感心していると、ある朝突然スズメの群れが襲って占領したのに驚いた。
▼弥生3月を迎えた。人事異動や転勤、卒業に引っ越し、それに花の便りもそろそろ気になる。生きてゆくための新しい場所を巡って生き物たちの競争も活発になる季節だが、渡り鳥の介在などが疑われている鳥インフルエンザで、京都府丹波町の農場で起きた大量死が広げた騒動に「人災」の疑いが強まっている。
▼数多くの鶏が死んでいながら調査が始まるまで1週間も通報を怠って出荷を続け、感染した鶏肉や卵が広く市場に出回った。安全より利益の確保を急ぐ業者が疑いを承知で「駆け込み出荷」に走った可能性が強い。感染ルートを特定して人的被害への波及を防ごうとしている折、その拡大に手を貸すも同然である。
▼高度な文明のシステムで守られた現代人の暮らしはリスクから遠ざけられて、安全にみえる。しかし鳥インフルエンザにみるような疫病や災害の一撃が、スズメの群れのように襲って足元を危うくする恐れをあなどれない。安心という人々の共有する財産を小さな目先の欲得が危うくすることを忘れてはならない。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20040301MS3M0100R01032004.html