2004年02月27日(金) 12時28分
春秋(日経新聞)
教団の犯罪を追及して殺害された弁護士の幸せだった一家。サリンによるテロの巻き添えで亡くなった住民や通勤途上の地下鉄の乗客。教祖の妄想的な教義に導かれた集団が、平和な日常にもたらした死の理不尽さに改めて憤りを覚える。
▼松本智津夫被告に対する死刑判決にはおよそ8年という歳月が費やされた。癒やされないまま遺族は痛みを抱え続ける。富士山麓(さんろく)のサティアンで対面した信者の若者や法廷で「むなしさ」を繰り返す女性被告の表情を思い起こす。高学歴の若者たちがなぜ引き込まれて暴走を重ねたかという問いも解かれていない。
▼冷戦構造とバブル経済の崩壊という時代背景のもと、歴史観や知的な規範が揺らいで神秘思想や疑似的な権威が若者の心をとらえた。前例のないカルト犯罪だが、予兆となる情報は警察などに届いていたケースも多い。先例主義や先入観を捨てて真剣に捜査当局が対処すれば、被害はもっと小さかったに違いない。
▼一国平和主義と安全神話に守られた日本を足元から揺るがした事件は、一方で宗教をタブーにした教育や大衆文化の支配など戦後社会の落とし穴を浮かび上がらせた。27人という犠牲者の重みを考えれば教祖の死刑は当然だろうが、長期裁判の末に当人が口をつぐんだままの「閉廷」に後味の悪さがぬぐえない。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20040227MS3M2700U27022004.html