2004年02月10日(火) 00時00分
盲ろう者ら 怒り、失望/宿泊拒否問題(朝日新聞・)
岡山市栢谷(かいだに)の温泉旅館「苫田温泉 乃利武」(則武章二社長)が、岡山盲ろう者友の会(武南俊一会長)の宿泊申し込みを拒否し、受け入れ表明後も事故時の責任を巡る「一筆」を要求している問題は9日、同会が県と岡山市に人権啓発活動を申し入れ、岡山地方法務局や県が調査や業界団体の指導に乗り出すなど、各方面に波紋を広げた。旅館は「お客様の安全を考えた」と主張しているが、盲ろう者らには「障害者差別にほかならない」と、失望や怒りの声が広がっている。障害者に対する根強い社会の無知、無理解が背景にあると指摘する意見も出ている。
■氷山の一角 この日午後、同会会長の武南俊一さん(57)ら会員6人が、県庁と岡山市役所を訪問。「障害者が人間として当たり前に生きていける社会づくり」を要望した。
武南さんは約20年前に視力を失い、わずかな聴力が頼りだ。外出時は通訳介助者が付き添っており、「歩道橋や交差点でも事故にあったことはない」という。笠岡市の小林芙佐子さん(64)も「不規則な山道を歩くことや、電車の乗り降りもちゃんとできる。人間として扱ってほしい」と訴える。旅館側の「段差が多く、けがなどが心配」という説明に対し、2人は「障害者だから問題が起きるという考え方こそ、差別そのもの」と憤りを隠さない。
多くの会員が今回の問題を「氷山の一角」ととらえる。それは、これまでにも不当な扱いを経験してきたからだ。
武南さんが以前、タクシーに乗ろうとした時、運転手は白い杖(つえ)を見たとたんに走り去ったという。倉敷市の女性(41)はタクシーのドアをいきなり閉められた。同会では数年前、今回とは別の旅館で忘年会の予約を一度断られ、説明に出向いたこともあったという。
通訳介助をする男性会員は「乃利武だけの問題ではない。社会全体の理解が進んでいない表れ」と指摘する。
■「施設が不備」 「万一のことがあれば取り返しがつかないと思った」−−旅館側が宿泊拒否の根拠としたのは「施設の不備」だ。同旅館は増築を繰り返してきたため、階段や段差が数多い。火災などがあった場合、視覚や聴覚に障害がある人たちを安全に避難させるのは困難だとして、依頼を断ったという。
だが、岡山市はこうした理由を、伝染病感染が明らかな場合など旅館業法上の「正当な理由」にはあたらないと判断し、1月15日に最初の立ち入り指導に踏み切った。
宿泊拒否の経緯を巡っては、友の会から依頼を受けた大手旅行業者と旅館側で、説明の食い違いもある。昨年11月16日に代理店から200人規模の宿泊の打診を受けた旅館側は、すぐに宿泊を断った。則武社長は「ほぼ全員が盲ろう者と思っていた」と言う。旅行業者には、同24日に、障害者1人に介助者2〜3人や盲導犬が同伴することを旅館側に伝えた記録が残っている。しかし、則武社長は「市役所に出向いて指導を受けた1月16日まで、そのことは知らなかった」としている。
■根深い偏見 今回の宿泊拒否については、長年、障害者の人権擁護に取り組んできた人たちにも戸惑いが広がる。
NPO法人「障害者インターナショナル(DPI)日本会議」(東京都千代田区)議長の山田昭義さん(61)は、「旅館は全く合理的な理由のない対応で、関係者の心を著しく傷つけた。立派な傷害事件だと言っていい。そうした人権感覚の旅館がいいサービスを提供できるとも思えない」と厳しく批判している。
一方、「障害と人権全国弁護士ネット」を02年に設立し、代表を務める全盲の弁護士竹下義樹さん(52)=京都市=は、下見さえ断った旅館側のかたくなな姿勢に疑問を示しながらも、「旅館が袋だたきのような目に遭うことは望まない」と話す。「人は誰しも未知のものに出合うと、不安や恐れにも似た感情を抱くことがある。そこで相手を知ろうとするか、逆に遠ざけてしまうかだ」と、偏見や差別を生む土壌の根深さを指摘した。
(2/10)
http://mytown.asahi.com/okayama/news02.asp?kiji=4002
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