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2004年01月19日(月) 00時00分

鶏卵野放し 品質管理の法律なかった 東京新聞

 半年前の鶏卵出荷、国内で79年ぶりの鳥インフルエンザ発生−。日本の鶏の管理体制が危機に直面している。日本人は、鶏卵の1人あたりの年間消費量が19.7キロ(2001年度農水省食料需給表)と世界一だ。だが、欧米で常識の卵の品質管理に関する法律が国内にない。「鶏大好き国民」の安全は守れるのか。 (藤原正樹)

 ■賞味期限の表示業者モラル任せ

 「半年前の卵が出荷されたのも、日本に卵を管理する法律がないからだ。賞味期限表示を指導しているが、鶏卵業者の自主責任で、正直に表示するかどうかは業者のモラル任せになっている」。岐阜聖徳学園大学教授(家きん学)の坂井田節氏が問題点を突く。

 専門家の問題意識は、生産者側にも広がっている。国内の鶏卵シェア6%を占める民間最大手の採卵養鶏会社「イセ食品」は、卵のイメージダウンに危機感を抱く。同社の伊勢俊太郎社長は「先進国で鶏卵管理の法律がないのは日本だけだ。法整備しなければ今後も問題が起き、業界全体にとってマイナスになる」と不安げだ。

 鶏卵管理システムは米国が一番進んでいるとされる。伊勢社長が、そのきめ細かい管理体制を解説する。

 「米国の鶏卵工場の選別・包装・液卵(GP)センターには、米農務省の検査官が常駐しチェックしている。同センター内から小売店まで、七度以下の管理が法律で義務づけられている。食用卵にはすべて『USDAパーミッテッド(米農務省認可)』の印がついている。日本のように、半年前の卵が流通することはありえない」

 「日本では、見かけである程度の状態が分かる殻つき卵より、業務加工用に使われる液卵の方が恐ろしい。検査制度がなく、どんな卵が持ち込まれ使われているか分からない」

 ■庭先養鶏の伝統「考え方に遅れ」

 米中西部・東部の州では、独自に条例・要綱を定め管理を徹底しているという。伊勢社長は「八三年に鳥インフルエンザが発生したペンシルベニア州の条例が一番厳格だ。衛生プログラムで、卵の親の親である種鶏の農場に出向いて健康チェックを実施している」と説明する。

 同時に「米国は生産地と消費地が離れているので、腐らせないために管理体制が進んだ経緯がある。日本の場合、新鮮な卵をすぐに食べる庭先養鶏の伝統があり、品質維持の考え方が遅れている。米国と同じような流通体系を持つようになった今、制度を整える必要がある。欧米にはない鶏卵生食の習慣がある日本では、より厳しい法律が必要なのだが」と指摘する。

 イセ食品は独自に米国以上の品質管理体制を実現しているという。「米国でもやっていない鶏卵の細菌検査を実施」(伊勢社長)することで、米国内でもシェア一位を占める。

 イセ食品広報担当者は「鳥インフルエンザなどを防ぐには、外部からの動物の侵入を遮断する窓のない『ウインドレス鶏舎』にする必要がある。だが、日本の採卵業者は零細業者が多く、義務化を求めるのは資金面で難しい。ごり押しすれば(零細業者を排除しようとする)“イセ食品の陰謀”と非難される。ずさんな管理体制で将来起こり得る事態に危険を感じるのだが」と苦しい立場を明かす。

 ■誤ったイメージ「放し飼い安全」

 前出の坂井田氏は、ウインドレス鶏舎の普及を阻害する「日本人の誤解」を指摘する。

 「病気を予防するには、ウインドレス鶏舎がベストなのは確かだ。放し飼いなどは、ウイルスに接触する機会が増え衛生的に問題があるのに、日本人には安心・安全のイメージが定着している。日光を浴びさせずに育てるのはかわいそうという、動物福祉の考え方もウインドレス鶏舎の普及を妨げている。鶏の場合、日光を浴びずに育てても健康状態に影響はない。米国では大部分がウインドレス鶏舎だが、日本は半分程度しかない」

 国の養鶏業者の保護制度の不備が、被害を拡大させる危険性も指摘される。

 岐阜大学名誉教授(獣医学)の平井克哉氏は「零細な採卵養鶏業者は、家畜保健所の検査を拒否する例もある。鶏の病気が見つかって処分を強制されると、損害が大きく倒産に追い込まれる。それを防ぐために、民間の検査機関でこっそりチェックを受けて、極秘で処分する業者もいる」と内情を打ち明ける。山口県の鳥インフルエンザ発生農場から半径三十キロ以内が鶏と卵の移動制限区域に指定された。しかし、日本にはその損失を補償する制度が整っていないという。

 横浜市の採卵養鶏会社「愛鶏園」の斎藤富士雄相談役は「牛豚に悪性感染症が出た場合、農水省の『家畜防疫相互基金造成等支援事業』で保護されるが、鶏は仲間外れにされている。鶏への支援体制強化を国に求めたい」と訴える。

 ■減少する専門家「対応できない」

 万一、鶏の感染症がまん延した場合、政府の対応策は。平井氏は「国内の鶏病専門家が年々少なくなっており、感染症問題が起きても適切な対応やコントロールができなくなる」と危機感を募らせながら続ける。

 「鶏病の防疫衛生を専門に研究する農水省家畜衛生試験場(現・独立行政法人 動物衛生研究所)鶏病支場が、岐阜県関市にあった。しかし、一九九三年に閉場になった。国内唯一の研究機関がなくなった影響は大きく、研究体制が弱体化している」

 「米国には四カ所に鶏病研究所があり、欧州連合(EU)にも研究機関が数カ所ある。米国内の大学にある計二十七の獣医学部すべてに鶏病講座が開設されており、問題が起こった場合、農務省と合同で対応している。日本の大学では、犬猫と牛馬の獣医師ばかり育てている」

 今回の鳥インフルエンザ発生に対し、農水省が「的確に対応できた」と自画自賛する「鳥インフルエンザ防疫マニュアル」も「外部からの“原因因子”侵入を防ぐものではなく、感染症が確認された場合の対応でしかない」(坂井田氏)という。渡り鳥犯人説が指摘される中、平井氏は“表玄関”の空港防疫体制にも警鐘を鳴らす。

 「米国には検疫場を持つ動物専用の空港が四つあり、英・仏・独にも設置されている。だが、日本にはない。しかも鳥類などは、無検疫で輸出国側の証明書だけで国内に入ってくる。実際にはノーチェックに等しい。地球温暖化の影響で渡り鳥の生態が変わり、野鳥と家きん類が接触する機会も多い。鳥インフルエンザのみならず、西ナイルウイルスなど別の感染症が国内に入りこむリスクにも、注意の目を向けなければ」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040119/mng_____tokuho__000.shtml