2004年01月13日(火) 14時01分
春秋(日経新聞)
絵の中に多くの寓意(ぐうい)を込めた15世紀オランダの画家ヒエロニムス・ボス。難解さで鳴る作品「快楽の園」には卵の殻らしき物がいくつも登場する。割れた殻の中に人間が入る場面もあれば、樹木に変じた妙な男の胴体も卵のようだ。
▼ナゾ解きに挑んだ研究者によると、曼陀羅(まんだら)のようなこの絵の中の卵は、状況によって正反対の意味を持つという。殻が無傷なら「善」を、ひび割れた卵は「悪」を表すという具合に。たしかにキリスト教では卵は復活を意味するし、一方、殻の中に魔女が潜むとの伝承もある。いろいろな解釈があっておかしくない。
▼だが、鶏卵の生産者までが、外見上、無傷なのをいいことに「よい卵」と見なすに及んでは、何をか言わんやだ。昨年末、京都府の山城養鶏生産組合が出荷した鶏卵5万個は、半年も前に採れたものという。採卵時期も賞味期限も12月と偽り、食べた消費者の一部が腹痛などを起こした。
▼輸入肉を国産と偽装するような話とは、悪質さの点で次元が違う。卵は数十日で食中毒の原因となる菌が急増するというが、それを承知での欺瞞(ぎまん)行為だ。業者のモラル欠如は明白だが、事件は期限表示などの体裁さえ整えばすり抜けられる現代社会への警鐘でもあろうか。人間の愚かさを凝視した画家ボスの視座を、行政も消費者も。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20040113MS3M1300H13012004.html