2003年12月03日(水) 03時03分
<盗聴事件>手段選ばぬ裏の顔 敵対者は徹底攻撃 武富士会長(毎日新聞)
「調べろとは言ったが、盗聴しろとは指示していない」。元部下の告発に怒りをあらわにしていた消費者金融最大手「武富士」会長、武井保雄容疑者(73)が2日、電気通信事業法違反容疑で逮捕された。一代で業界トップに成長させ、東証1部上場、日本経団連会員企業にまで育て上げた立志伝中の人物。事件は、急成長の陰で、敵対する相手を抑え込むためには手段を選ばない裏の顔を浮かび上がらせた。
先月14、15の両日、同社本社が家宅捜索を受けた後、武井会長は焦りを深めていたという。関係者は「弁護団らと深夜まで対策を協議することもたびたびだった。かかりつけの東京都新宿区内の病院で点滴を受けながら、自らの逮捕を避ける手立てを探っていた」と明かす。
7件の盗聴を「自分の判断で行ったもので、会長は無関係」と証言していた元同社専務、小滝国夫容疑者(61)が11月末に弁護人を突然解任した。
小滝容疑者は元総務部課長、中川一博容疑者(42)に盗聴の「任務」を引き継いだとして、電気通信事業法違反のほう助容疑で逮捕されていた。「小滝が落ちた」。武富士側はそう判断し、警視庁に上申書を提出した。小滝容疑者が直接かかわった盗聴は時効を迎えていたため「会長も黙認していた」と”譲歩”する一方で、中川容疑者の関与した盗聴は時効が成立しておらず、「かかわってない」と抵抗する内容だった。しかし、警視庁は多くの証言、証拠で、トップの盗聴指示を裏付けた。
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武井会長は埼玉県深谷市出身。家業の雑貨店を継がず職を転々とした。上京後、ヤミ米販売で得た資金を元手に36歳で金融業に乗り出した。
小口の客に目をつけた「団地金融」で顧客を拡大した。「おれは1日3時間しか寝ない」と豪語したとされ、社員にも激務を求めた。96年に店頭公開、98年には東証1部に上場させ、創業者利益約1兆円を手にした。米経済誌「フォーブス」に、世界の資産家の一人と紹介された。
十数年前に実家近くで営まれた実母の葬儀。約600もの花輪が並び、政治家も参列した。武井会長は後で「年中、おれに金をせびりに来る」と自慢げに言った。
「日本一になる」と周囲に話して故郷を後にした武井会長。しかし、その夢を実現させた陰で、築き上げた「王国」を維持するため、周囲への疑念も膨らませていった。
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90年代半ば、武井会長は東京都千代田区内のホテルで、ある調査業者に武富士元専務の調査を直接、依頼した。腹心だった元専務は、独立して金融業を起こしていた。武井会長は元専務が武富士の顧客名簿を持ち出したのではないかと疑った。関係者によると、この席で盗聴を含めた身辺調査が依頼されたという。
その後、この調査業者は武富士からの依頼を断り、「アーク横浜探偵局」社長、重村和男容疑者(57)を紹介した。「違法行為もいとわない調査内容に、恐れをなしたようだ」と、関係者は指摘する。
元専務に限らず、武井会長は社内で頭角を現してきた人物を「謀反を起こすかもしれない」と、経営の中枢から外していった。店頭公開を控え銀行から迎えた社長、暴力団や総会屋との交渉を担当した渉外部長らも例外ではなかった。
中川容疑者は逮捕前、毎日新聞の取材に「入社時に携帯電話の通信記録を会社側が取得することを認めさせる書類にサインさせていた」と証言した。社員は会長あてのリポートを毎日提出させられた。末端の社員にも、武井会長の監視の目は向けられた。
周囲への疑いの目。盗聴の背景に、ワンマンで生きてきた武井会長の「猜疑(さいぎ)心」を挙げる関係者は多い。(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031203-00000162-mai-soci