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日本テレビのプロデューサーによる視聴率工作に関する同社役員の責任の取り方は、市民感覚からかけ離れている。調査報告のどこを読めば「取締役には道義的責任しかない」という結論が出るのだろう。
「一社のみによる視聴率を唯一の基準としている不完全な現実を当然のものとして受け入れていた」「制作現場における資金管理を厳格にするのは困難という悪(あ)しき常識を安易に肯定」など、報告書はゆがんだ業界の体質を厳しく指摘した。
一見、華やかな仕事、番組制作会社など下請けとの圧倒的に優位な関係、一部キー局にみられる超高給などが現場のモラル退廃を生み、問題を噴出させている。視聴率工作はその一部にすぎない。
氏家斉一郎会長自身が「業界全体の流れの中で起こったこと」と認めている。その流れをつくった人たちがきちんとけじめをつけないのは、視聴者、国民に対する責任を認識していないからではないか。
民間放送は、国民の財産である希少な電波を使う公共的な存在であると同時に私企業、という二面性を有している。だが、大規模局、とりわけキー局は資本の論理ばかりを優先させ、視聴率をテコに利益追求に走っているように見える。
視聴率は低くても良質な番組を提供したい、という提案が断られることもあるという。視聴率が低いと、その前後や番組中に挟むスポットコマーシャルの料金を高くとれないからだ。自分たちで作った、放送による人権侵害を審理する「放送と人権等権利に関する委員会」(BRC)の周知広告は、ろくに見ている人のいない時間帯にしか放送されない。
視聴者の利益ではなく、企業の利益しか考えていないようだ。経営者にも、実際に番組をつくる人たちにも、活動の基盤である電波は国民から預かったものだ、という意識などないのだろう。
日本テレビは新しい番組評価基準を考えるなど再発防止策を打ち出したが、業界の体質そのものを変えなければ視聴者のためのテレビに生まれ変わることは望み薄だ。
電波をテレビ局に預けている国民の代表が、番組内容だけでなく経営にも目を光らせる仕組みが必要だ。
そうすることで、放送に対する政治や行政の不当な介入を防ぎ、放送の自由を守ることもできる。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20031120/col_____sha_____003.shtml