2003年06月18日(水) 00時00分
大阪3人心中 ヤミ金融の過酷手口 (東京新聞)
発端はわずか一万五千円の借り入れだったという。それが一カ月ほどで十倍もの利息を要求される。返せないと、「殺すぞ」と脅され、近所への嫌がらせ電話も続いた。そんな過酷な取り立てに苦しめられ、大阪府八尾市で、三人の高齢者が心中した。警察にも相談しながら、なぜ命を落とさねばならなかったのか−。 (藤原正樹、加藤寛太) 「管理人さんへ 一ケ月分しかお支払い出来ませんのでどうか、お許し下さい お世話になりました」 心中したのは八尾市の清掃作業員(61)と妻(69)、それに妻の実兄(81)。三人が踏切に飛び込んだ十四日の夜、夫婦が住んでいた「雇用促進住宅」管理人室のポストには、そんな文面の手紙が投げ入れられていた。添えられていたのは五月分の家賃一万七千円だ。 管理人(58)は「十三日午後六時に管理人室から帰宅したときには手紙はなかった。心中に出かける、その足で家賃を支払った律義さを思うとやりきれない」と表情を曇らせた。 「今まで最高で三カ月分の家賃滞納があったが、夫婦はいつも『すみません。もう少し待ってください』と管理人室に頭を下げに来た。滞納するような住民は知らんぷりをして督促状を出さざるを得なくなる例が多く、そのまじめさは際だっていました」 ■1万5000円借りて1カ月で10倍に
律義な生活の一方で、夫婦はヤミ金融からの法外な利息に苦しんでいた。 大阪府警八尾署によると妻は五月十二日、「四月上旬、ヤミ金業者から一万五千円借り、すでに十万円支払ったのに『完済されてない』と催促される」と相談に訪れた。担当官が「法定金利を超えているから支払う必要がない。業者に電話しましょうか」と申し出たが、妻は「相手を刺激しすぎてもよくない。自分で業者に電話してみる」と固辞したという。 それでも業者の取り立ては収まらず、同二十日ごろ妻と、その兄が同署を訪れ「やっぱり警察から電話してほしい」と相談。前回と同じ担当官が二人の目の前で業者に電話した。すると「勘違いでしょう。完済されている」といわれた。 担当官は業者に「完済しているのに取り立てるのは違法だ」と警告する一方、妻に「業者の声を録音できるようにテープレコーダーを用意して、また催促してきたら連絡してください」と話したという。 警察の関与後も取り立ては続いた。八尾署の沖克己副署長によると、妻から二度目の相談を受けた時点では、業者への捜査などはしていなかった。担当官らも、それ以降妻から相談の電話がなかったことから「あれで(取り立ては)止まったんだな」と理解していたという。 ■「取り立て屋の騒ぎなかった」
近隣住民によると、業者から暴力的な取り立てはなく、電話攻勢だけだったらしい。夫婦宅の真上に住む男性(74)は「自分は年金生活者でほとんど家で横になっているが、夫婦宅に取り立て屋が押し掛けたような騒ぎはまったくなかった」と振り返る。「取り立ては電話だけだし、警察に何度相談しても同じことの繰り返しだと思って、自分たちだけで腹をくくる決心をしたんだろう」
夫婦が住んでいた雇用促進住宅は四階建て六棟で、炭鉱離職者用として一九六五年に開設された。当初は閉山した炭鉱を離れた九州や四国出身者ばかりで、現在も半数近くが炭鉱離職者で二割程度が東南アジア系住民という。前出の男性は「夫婦は十年ほど前に引っ越してきた」と話した。
住民らによると、この住宅は一階(十世帯)ごとに自治班組織があり、階が違うとほとんどつきあいがないという。一階に住んでいた夫婦は、他の九世帯と親しく、夫婦に二十五万円を貸した男性もいる。かねて、夫婦はいくつかの消費者金融に金を借り、多重債務者となったようで、問題のヤミ金融に一万五千円を借りたのも返済に追われたためとみられる。
三人が心中を図る三日前の十一日午後十一時ごろ、夫婦と同じ階に住む全九世帯に「あんたも夫婦の保証人だ。金を返せ」という電話があったという。七十代の主婦は「『払えない』と答えると、『妻を呼んでこい』と言われた。電話口に出た奥さんが『なんでよその家に電話するんや。十分払ったやないか』と言うと、相手が『殺すぞ』と怒鳴る声が聞こえた」と話した。この夜、一階の各世帯に呼び出される妻の姿があったという。
一階に住む男性(72)は、「ヤミ金業者は、一階の住民が隣組のような親密な関係があることを知って、一番心理的にダメージの大きい作戦を採ったのだろう。真綿で首を絞めるようなむごいやり方だ」と憤る。
■恐喝などの容疑 業者調べる方針
八尾署によると、夫婦が一万五千円を借りたのは東京の金融業者で、電話などで融資を申し込んだとみられる。同署は、この金融業者が夫婦から法定金利(29・2%)を大幅に超える利息を取り、無関係の近隣住民にも電話して三人が心理的に追い込まれて自殺した疑いがあるとみて、出資法違反(高金利)や恐喝の疑いで調べる方針だ。 沖副署長は「このような相談は日々多く寄せられるし、すぐフォローするというのは不可能。当時としては最大限のことをやったと思っている。結果論として救えなかったのは残念。業者に対して許せない気持ちでいっぱいだ」と話した。
多重債務者問題を取材しているジャーナリストは「ダイレクトメールでのヤミ金は、電話でやりとりして、口座に直接振り込んでくる。取り立てもほとんど電話で、直接相対することはないが、家族や近所、勤め先など、いやらしいところを狙ってくる」。
■「ヤミ金自殺は相当あるはず」
「ヤミ金が原因の自殺は実際は相当数あるはずだ。昭和五十年代のサラ金騒動のころは、取り立てを苦にした一家心中など、自殺の話が新聞によく出ていた。当時はプライバシーの問題に、警察・マスコミとも現在ほど敏感ではなかった。今は普通の自殺については警察が発表しないので、ヤミ金自殺が顕在化していないだけだ」と話す。
ヤミ金問題に詳しい佐藤靖祥弁護士は「自殺を考える前に、最寄りの司法書士会や弁護士会、被害者の会に相談すること。直ちに解決策が見つかるかどうかは分からないが、相談することで、死のうという気持ちはいったん抑えることができる」。
「全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会」加盟「松山たちばなの会」(松山市)の青野貴美子事務局長は「多重債務は、解決できない問題ではない。自殺を図った人が『もっと早く相談していれば、苦しまなかった』と述懐した。新聞などに救済の情報は出ているが、新聞も購読できないほど、追い込まれている人も多い。死ぬ前に一歩とどまって、相談してほしい」と訴えた。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030618/mng_____tokuho__000.shtml
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