2003年03月30日(日) 00時00分
変わる新薬治験 『独占』崩れ街の開業医も (東京新聞)
新薬開発に不可欠な治験(臨床試験)の現場が変わってきた。治験参加者の募集広告がメディアにたびたび登場するなど、一部の大病院に「独占」されていた治験が開業医の間にも浸透しつつある。薬品メーカーと開業医を結び、治験をサポートする「SMO」(治験実施施設支援機関)という新ビジネスも登場している。 (加藤寛太) ■患者『効果ある薬が一番うれしい』
東京都大田区の閑静な住宅地にある「鈴木クリニック」(鈴木和郎院長)には、「治験室」という医院には珍しい一室がある。 室内では、白衣姿の治験コーディネーター(CRC)の内藤有紀さんが、高血圧症治療のため通院している男性患者に対応していた。鈴木院長に呼ばれた二人は診療室に足を運ぶ。 院長 「血圧測ってみましょう。(患者の腕を取る)。だいぶ下がりましたね。(治験薬による)何か不具合はありますか」 患者 「特にないです」 院長 「この薬はまだ承認されていませんが、効果は従来のものよりいいようです。副作用も特に報告されていません」 鈴木クリニックは、国による承認前の薬の治験を実施している。 「現在、高血圧や糖尿病、骨粗しょう症など、六本の薬の治験を、延べ約百人の患者さんの協力を得て行っています」。CRCの内藤さんは説明する。院長と患者、内藤さんによる治験薬についての会話は、日常的な風景だ。 ■なくなってきたモルモット感覚
治験薬を服用している男性患者は「内藤さんから十分な事前の説明を受けていましたので、(治験に)特に抵抗はなかったです」と言う。同時に「服用を始めてから、体調が良くなっているのが実感できる。(治験で)社会に役立っていると思うこともあるが、承認の有無に関係なく患者にとっては、効果がある薬が一番うれしい」と明かす。 CRC歴五年の内藤さんは「最初のころは、自分の体に害があるのではないか、モルモットにされるのでは、と治験を敬遠する人が大半でした。ここ一年ほどは(治験者募集の)広告が認められた効果か、かなりの方が応じていただけるようになりました」と話す。 一九九九年六月、当時の厚生省が、治験薬名などは表示しないことを条件に、治験広告を解禁した。 「通院している患者さんに、院長から治験の話をしてもらう。興味を持っていただいた方や病気の症状などから、お願いしたい患者さんに専門職である私から説明し、ご納得いただけた方のみに実施しています」 内藤さんは、SMOを手掛ける民間会社「アイロム」(東京)から派遣され、同クリニックで実施される治験を支援している。
■1998年に基準改定
「治験をめぐる状況が、大きく変わり始めたのは、九八年四月から完全実施された新しい『医薬品の臨床試験の実施の基準』(GCP)に改定されてから」。同社の森豊隆社長が説明する。さらに「従来の治験は、患者は医者の言うことをただ聞いているだけ。時には自分が治験の対象になっていることすら、知らされない場合もあった。それまでは口頭での同意でもよいとされていたが、文書での同意が必要となった」と言う。 「患者のための『薬と治験』入門」(岩波ブックレット)の著書がある医療ジャーナリストの北澤京子氏は「旧GCP時代は、治験を実施する医師と薬品メーカーとの間の癒着も指摘されていた」と言う。
「旧GCPでは『治験総括医師制度』が導入されており、総括医師が治験の進行管理など、多方面にわたり大きな権限を持っていた。そのため、企業にとっては、総括医師と良好な関係を保つことが決定的に重要だった」
■「総括医師制度」癒着の温床に
森社長も「総括医師の所属する派閥によって治験の進ちょく状況が違うなど、『力とカネ』が集中することでさまざまな弊害があった」と振り返る。
実際、治験をめぐっては、防衛医大、熊本大付属病院、茅ケ崎市立病院、国立習志野病院、香川医大付属病院などの医師が、収賄罪で立件されている。
■支援ビジネスに企業続々
弊害を是正しようと始まった新GCPで、それまで医師主導で行われていた治験が、薬品メーカーの責任において実施されるようになった。「その結果、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)の要件が厳しくなったことなどもあって、様子見をするメーカーが増えた。国内での治験の空洞化が進み、新薬開発が停滞する事態となった」(森社長)。
同社を起業したのも、メーカーと開業医を結ぶ新たな治験ネットワークを構築することで、停滞状況の打破につなげたいという狙いがあったからだと言う。
前出の鈴木院長は、開業医が治験に参加するメリットについて力説する。「新薬の情報に接する機会が増え、薬効を数字上のデータとしてでなく実感できる。多くの開業医が参加することで、地域や病状に偏りなく治験が可能になったことが一番大きな効果だ」
森社長は「多くの医師や患者が治験に携わることで、双方の薬や医療に対する認識が高まる。通常診療の質の向上にもつながるはずだ」と強調する。
■チェック機関が必要
SMOの登場は、治験の在り方を変えつつあるが、問題点もあるという。
「臨床試験受託事業協会SMO部会」の菊池康基・部会長は「ハードルが低いため、SMOに参入する企業が、とくにここ一、二年続出している。国内でSMOを名乗る企業は、百社とも二百社ともいわれ、正確な数すら把握できていない状況だ。会社間のレベル差もある」と業界の実情を説明する。
「来月には日本SMO協会を設立し、業界全体として、CRCの質の向上や、倫理綱領の策定作業などを進めていきたい」と話す。
厚生労働省の「SMOの利用に関する標準指針策定検討会」も、昨年十一月に出した報告書で「SMOの定義、概念が明確でないことから、その業務範囲についても、さまざまなものが存在していると考えられており業務範囲、業務内容を整理する必要がある」と指摘している。
前出の北澤氏は「SMO育成は国の方針でもある。ただ、SMOは治験を請け負うことによって成り立っており、偏った仕事をする可能性も考えられる。治験にあたる際は、順守が義務づけられている『プロトコル』(治験実施計画書)通りにきちんと行っているかどうか(第三者が)厳しくチェックすることが必要だろう」と指摘した。
<メモ> SMO 治験を実施する病院の治験業務を支援する機関のこと。民間会社である場合が多い。病院に治験コーディネーターやスタッフを派遣し、治験者へのインフォームドコンセントなどの業務をサポートする。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030330/mng_____tokuho__000.shtml
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