フリーライターの二本松泰子さん(35)は、26歳で結婚した半年後から、毎晩のように最寄りの駅近くの居酒屋に出かけた。そして、カウンターで横に座った中年男性の一人客に声をかけ、そのままホテルに行き、行きずりの男とのセックスを繰り返す日々。
27歳の時には、自分から誘った広告関係の会社員とカラオケボックスに行き、突然ネクタイで首を絞められるという危ない目にも遭った。「翌朝目が覚めると、なんてばかなことをしたのかと自己嫌悪に陥る。でも、見ず知らずの男とでも、セックスしている間だけは、自分が受け入れてもらえていると実感でき、うれしかった。夜、アルコールを口にしたら、ブレーキが利かなくなりました」
好色女、尻(しり)軽女。これまでなら、興味本位のうわさ話の対象でしかなかった二本松さんのような人たちの行動が、最近「セックス依存症」という現代人の心の病として注目され、今年の日本性科学学会総会でも初めて研究発表の対象になった。
セックス依存症は、不特定多数の相手と短期間に次々と性交渉を持ち、こうしたことが原因で借金、性感染症などの様々な悪影響を引き起こして、激しい自責の念があるにもかかわらず、セックスがやめられない状態を指す。
「この病気は、アルコールや薬物、過食症などの物質依存、買い物やギャンブルのようなプロセス依存といった、いわゆる依存症の一形態で、のめり込む対象がたまたまセックスに現れたもの」と精神科医の岩崎正人・東京都精神保健福祉課長は説明する。仕事の悩みや家庭の問題、人間関係など、様々なストレスから逃れるため、酒や食べ物やセックスといった一時的な快感を求めているうちに、それなしではいられなくなる依存症患者は増えているという。
しかし、逃避したはずのセックスも不毛で、「何の喜びもなく自傷的な性行為を繰り返す人も少なくなかった」と、依存症の女性を数多く取材したフリーライターの今一生さんは証言する。
二本松さんの場合、直接のきっかけは結婚生活だった。編集者だった元の夫は、家に帰らないことが多く、その上、夫の様子を気遣う義母からの電話に悩まされる毎日。気分を紛らわせるため、アルコールを覚え、キッチンドリンカーに。すぐに外で飲むことを覚えた。
31歳の時からお酒を断つことで今は症状を改善、自らの体験を執筆している二本松さんは「結婚に反対された実家にも、友人にも相談できず、お酒とセックスに逃げ込んでいた」と振り返る。
セックス依存症の実態は十分には分かっていないが、同じ病気に苦しむ者同士が、それぞれの体験談を語り合って症状の改善を図る自助グループ「SA(セックスアホーリックス・アノニマス)」は、東京のほか、北海道、群馬、長野、福岡にもできている。
愛情も充足感もないままの性にのめり込むことでやっと生きている人が増えているとしたら、何と寂しい社会だろうか。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19991105_01.htm