東京都内に住む敏夫さん(72)と由美子さん(68)(共に仮名)夫妻は結婚して5年になるが、いまだに新婚気分が抜けない。
「毎日腕組んでスーパーに買い物に出かけるのが日課です」「晩酌は必ず一緒。酒のさかなを相談しながら作るのが楽しくって」
出会いは、熟年シングルの結婚相談を行ってきた民間団体「太陽の会」(会員2500人、本部・東京)主催のパーティー。敏夫さんは11年前、由美子さんは28年前に伴侶(はんりょ)を亡くし、子供の家からの旅立ちを一人で見守ってきた者同士。親であることを卒業して一人の男と女に戻ると、「生涯一人は寂しい」と会に参加した。月2回のデートを1年続けたが、「一緒に暮らしたい」と、敏夫さんが強引にアプローチ。
結婚となると、セックスの問題を避けて通れない。「正直不安はありました」と、敏夫さんは振り返る。「今はふとんにもぐり込むと、相手のぬくもりがある。いい香りがする。まだ自分もこんなに若かったのかと、涙が出そうになることも。結婚してよかった」
「老いらくの恋」が流行語になったのは、戦後まもない1948年暮れ。元住友合資会社常務理事で歌人の川田順が、娘ほど年下の弟子だった大学教授夫人と恋に落ち、自殺覚悟の上で家出した。その時残した歌が「墓場に近き老いらくの恋は怖るる何もなし」。川田は66歳。当時の男性の平均寿命は55・6歳だった。
今は人生80年の時代。死別や離別で伴侶をなくした熟年世代が一人で生きていくにはあまりに長い。男女とも60歳以上の熟年再婚は、95年に全国で1338件(人口動態統計)。数こそ少ないが、この10年で倍増している。
ただ、50歳以上の婚姻が全婚姻数に占める割合を国連統計でみると、米国はわが国の5倍、ドイツやデンマークは3倍だ。まだまだ熟年再婚では後進国。熟年再婚を妨げるものは何だろう。「第一に、年がいもない、世間体が悪いといった性道徳観念。次に、子供への気兼ねや財産の問題」と、「太陽の会」事務局長の北川安彦さん(62)は言う。
そのためか、同会でも法律婚の形式をとらず、通い婚式の「別居伴侶」を選ぶカップルも少なくない。
英樹さん(58)と礼子さん(53)(共に仮名)は、週に1回東京と山梨を行き来する。「相手の息子さんが結婚前で、母親の名字が変わるのは気の毒だから」と、英樹さんは気づかう。
一緒に住めるのは早くて5年後というが、「待つことも愛情。この年になるとそんなゆとりができるんです」と、英樹さん。二人は毎日電話を欠かさない。
村瀬幸浩・一橋大講師(性科学)は、「熟年再婚は、相手から幸せをもらうのでなく、それぞれが長い人生の中で身につけたよきものを持ち寄るもの」と定義する。
事実婚、通い婚、週末婚、デート婚……。年輪を重ねたカップルだからこそ、それぞれにふさわしい性のあり方を決めていく、経験と余裕があるといえるのかもしれない。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19991030_01.htm