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1996年12月20日(金) 00時00分

(7)迷走する意識と価値観読売新聞

◆互いの精神の尊敬 再生への第一歩

 この企画の取材を通して大きく浮かび上がってきたのは、性をめぐる男女のすれ違いだった。女性の社会進出が進み、性についても積極的になる一方、男性は性的エネルギーを低下させ、自信をなくしているように見える。

 ノンフィクション作家の久田恵さんは、今年は女性の性意識が大きく変わった転換点ではなかったかと分析する。「この96年に、何かが外れたという気がします」

 「意識は過激、生活は保守的」と言われる団塊世代とその前後の女性たちは、子育て後のエネルギーを性的な面にも向け始めたと見る。行動を起こすかどうかはともかく、不倫へのあこがれもオープンに語られるようになった。

 一方、中高年の男性は会社の仕事から子供の養育まであらゆることを背負わされている。「エネルギーを消耗してセックスどころではないというのが本音でしょう」

 しかし、疲れきっていながらも「弱い自分」を認めたくはない。知力、財力、体力など常に女性より優位にという願望は強い。妻を始め周囲の女性が強くなった分、より弱い者へと性的エネルギーを向ける。風俗産業の隆盛などもその結果だろう。

 「男も女も、成熟した大人同士が向き合う関係を作れない。現実のセックスレスより精神的なセックスレスの方が問題の根が深いと感じる」と久田さんは言う。

 性の問題を歴史社会学的に分析した「性の資本主義」の著者で、千葉大文学部助教授の大沢真幸さん(社会学)はこうした変化を「近代社会が持っていた性に対する意識の大きな地殻変動」と見る。

 19世紀から20世紀にかけての社会は、特に性を重視していたという。性は、人間の奥深い内面を知る核心だと考えられた。性を通して人間の精神を探る文学や芸術もたくさん生まれた。

 同時に、性は奥深く、容易に近寄りがたいものだと思われた。その神秘性が性をめぐる喜び、快楽の大きさにもつながっていたという。

 大沢さんは「地殻変動」という言葉で、性が持っていた近寄りがたさが失われ、現代人、特に若者の間で性を軽視する傾向が表れていると指摘する。その端的な例が「援助交際」という流行語まで生まれた、売春への罪悪感のなさだという。

 「性が容易に近づけて、すぐに手に入るものになり、お互いに愛し合い、性体験を共有し合うという深い喜びは半減した」と大沢さん。動物的な性欲処理以上の力を持たないセックスはやがてセックスレスにもつながる。不倫も、性が持っていた近寄りがたさを無理矢理に作り出し、快楽を高めようとした結果だと見ることができるという。

 久田さんもまた、性が容易になり過ぎ、規範が揺らいできた現状を「いい傾向とは思えない」と言い切る。

 婚外恋愛は、現実には生易しいものではない。その結果を引き受ける覚悟があるのかどうか。いまの結婚制度をよりどころに家庭を営んできた人にとっては自分の根幹を否定することにならないか、と久田さんは危ぶむ。

 性と恋愛にエネルギーを傾ける母親を見て育った娘たちはどうなるのだろうか。性の自由にモラルの歯止めがなければ、性の対価に金銭を受け取ることにも抵抗がない。

 「この混とんと荒廃をいったんくぐり抜けないと、正気には戻らないと思う。新しい年には、価値観を書き換えていく作業が必要でしょう」と久田さんは指摘する。

 大沢さんは、「この空虚で砂漠のような時代」がいつまでも続くとは考えていない。「新しい性の快楽のマナーを作るべき時期」だと言う。残念ながら、今のところまだ次の時代の新しい価値観や考え方は見えていない。

 しかし、その時に重要なカギとなるのは、「人間の精神を尊敬できるようになるかどうかだろう」と大沢さん。それはもちろん性だけに限った問題ではない。逆に、狭い性の範囲に閉じ込めてしまうのではなく、お互いの内面を重視し、いたわり合い、尊敬し合える社会を作っていくことから始めるべきではないか、と強調する。

 (このシリーズは白水忠隆、福士千恵子、室靖治が担当しました)(おわり)

http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19961220_01.htm