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1996年12月14日(土) 00時00分

(4)ぶつかり合わぬ“円満”夫婦読売新聞

 東京の会社員(40)と銀座のレストランで待ち合わせた。ビールが口を滑らかにしたのか、たまった思いを吐き出すように一気に話し始めた。

 結婚して10年。5歳年下の妻との間に小学生の娘が1人いる。この7年間、夫婦の間にセックスはほとんどない。妻が拒否しているためだ。

 妻がセックスを避けるようになったのは、娘が生まれた直後から。帝王切開で出産したため、「おなかの傷を見られるのが嫌」というのが、その理由だった。ところが、しばらくしてからも「疲れている」「痛い」などと、そのたびに違う理由で断られた。

 結婚当初は、「最低2人は子供がほしい」と話し合っていた。娘が3歳になった時、「そろそろ次の子を」と切り出してみた。しかし、「もう少し手がかからなくなるまで」とかわされた。

 気分転換にと、旅行に出かけてもみた。じゃれるような自然なスキンシップも効果がなかった。何度か話し合いを持とうとしたが、「もうちょっと待って」などとはぐらかされ続けた。やがて、セックスの話題が出るととたんに機嫌が悪くなり、黙り込んでしまうようになった。

 「何が原因なのかまったく分からない。セックスできないことよりも、妻が何を考えているのか分からないのがつらい」と肩を落とした。夫婦仲が悪い訳ではなく、休日には家族3人で遊びに出かけ、夫婦で買い物にも行く。はたから見れば、夫婦円満な幸せな家庭に映るはずだ。

 思い余って最近、「2人でカウンセリングに行かないか」と話してみた。穏やかに話したつもりだったが、「そのことしか考えられないの」という激しい拒絶の返事が返ってきた。

 「人格を否定されたようでショックでした」。目じりに浮かべた涙をぬぐいながら、ため息をついた。

 寂しさを紛らわせようと、アダルトビデオを見たり、何度か風俗店に通ったりもしたという。しかし、そんなことでは心は満たされない。それどころか、余計むなしくなった。このまま共に老後を過ごしていけるだろうか。最近はそこまで思い詰めている。

 若いカップルの姿が目立つ店内で、涙を浮かべていたのは恐らく彼1人だったろう。どう慰めたらいいのか、言葉が出なかった。

 これとは逆に、東京近郊に住む主婦(35)は5年以上も夫との間にセックスがないことに悩んでいた。会社員の夫はふだんは思いやりがあり、パートで働くことにも理解がある。周囲には理想的なカップルと映っている。自分がセックスのことで悩んでいるなどだれにも相談できず、苦しんでいた。

 セックスレスに悩む人たちの話を聞いていて不思議なのは、「夫婦仲は悪くない」という場合が少なくないことだ。仲のいい夫婦がなぜ、こんな状況になるのだろう。

 性の問題についての相談をよく受けている神奈川県立厚木病院泌尿器科医長の岩室紳也さんは、「何か問題を抱えた時に、試行錯誤しながら解決していこうとする能力の欠けた人が増えた気がする」と、まず指摘する。

 泌尿器科の手術で、インポテンツなどの障害が残ってしまうことがある。その状態を不満に思っても、積極的に解決しようとしないで問題を避ける傾向があるそうだ。

 性についてオープンに語る人が増えたのは確かだが、一方で性を口にすることをはばかる伝統的な考え方も残っている。互いに心を開いて、性の問題を話し合える夫婦はまだそれほど多くないのではないかという。

 岩室さんが、意外なことを言った。一般にセックスすることなど、簡単で容易だと思われている。しかし、「セックスしないですます方が安易なのではないか」。

 2人の人間が合意のうえでセックスをするには、お互いの間のわだかまりや不満を解消する努力が必要になる。時には、苦しみや痛みを伴うこともあるはずだ。

 そんな面倒くさい思いをするよりは、流行語にもなっているセックスレスに逃げ込んだ方がずっと楽——。こんな心理状態なのだとしたら、問題は性のことだけではなく、はるかに根深いのだろう。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19961214_01.htm