「自分の中に他人が入ってくる感じ。それが嫌だった。どこかフェアじゃないなあ、と」
フリーライターの川原水乃さん(26)は、男性とのセックスをこう表現した。このペンネームで雑誌などに記事を書いている。
川原さんがいま、「フェアな」関係の相手にしているのは女性だ。彼女に出会ったのは4、5年前。長年付き合ってきた彼との結婚話が持ち上がっていたころだ。
目が合った途端にピンと来た。相手が男であろうと、女であろうと、恋に落ちる気持ちに変わりはなかった。年下なのに成熟した雰囲気。彼女への気持ちを、彼にも打ち明けた。
「でも、気の迷いと思ったようです。結婚すれば自分の所に帰って来ると。男としての自信だったんでしょう」。揺れながらも結婚した。彼女とも会わないことにした。
フリーライターとして働き始めると、彼は良い顔をしなかった。旧姓を使うのも「ダメ」。結婚前は「やりたいことは続けていい」と言っていたのに、「早く子供を作ろう」が口癖に。彼とのセックスは苦痛になった。
いま思うと、彼との間の不協和音は肉体的な相性だけではなく、結婚や家族の有り様に根差していたのではないかという。彼の実家に初めて行った時、ほとんど口を利いてもらえなかった。嫁らしく振る舞わない変わった子だと見られた。「ここのお墓に入るのかと思った時の、やりきれない気持ち。何かこれ違うぞ、と感じた」
そして、彼女のことが忘れられない。「自分はおかしいのだろうか」と悩み続けた。精神科医に相談すると、「我慢して(夫と)セックスをしていればよい」という答え。愕然(がくぜん)とした。別の医者に診てもらった。「あなたが女性を好きになったとしても、それは病気ではないよ」。やっと安心できた。
昨年秋に離婚。1年余りの結婚だった。自分の揺れた気持ちが彼女と彼、2人の人間を傷つけた。「本当に申し訳ないことをした」と言う。
彼女といると、自分が「同質なもの」と一緒だという安心感がある。時々会って映画を見たり、食事をしたり。肉体的なふれ合いは「うーん、3か月にいっぺんぐらい」。先々は一緒に住みたいとも思うが、男女間の結婚のイメージを重ねることはない。
女性の同性愛者に対するイメージが変わったのは、人気ミュージシャンの笹野みちるさんが昨年、カミングアウト(周囲に明らかにすること)してからだろう。
「女の子大好き」と銘打った雑誌「アニース」(テラ出版)の創刊は今年春。イラストの表紙は漫画風で、グラビアには笑って肩を組むカップルの写真も。第1号は1万部、2号は3万部、先月末に出た3号はさらに増えそうな勢いだ。読者調査によると、約500人のうち、10代が101人、20代前半が176人、後半が113人と、圧倒的に若い。
「自分のセクシュアリティー(性的指向)に悩みながらだれにも言えず、孤立している人は多い。地方ではなおさら。だから、文通欄やサークル、パーティーなどの情報欄に人気が集まる」と編集部の萩原まみさん(28)は言う。
女性の同性愛は最近、「カジュアルレズ」「ソフトレズ」などと呼ばれ、セックスの流行現象として話題に上るようになった。川原さんも、十代の女性同士がこんな風に話しているのを耳にしたことがある。「バイセクシュアルとかってかっこいいよね」
「あんたたち、おしゃれでやってるんじゃないのよ、って言いたくなった。自分のセクシュアリティーなんて悩んだ末にやっと分かるもの。男であれ、女であれ、人間を好きになるのは真剣なこと」と、川原さんが結んだ。
「恋人よりまず友達を募集」「セックスだけ目的の方はパス」「お互いにいやされる穏やかなおつきあいを」「一緒に気持ちのいいお酒を飲んでくれる方」
こんな言葉が、アニースの文通欄にはたくさん並んでいる。心のつながりや穏やかな関係を求める女性たちの声はいまの男女間の恋愛やセックス、結婚に、何か欠けているものがありはしないかと、問いかけているようだ。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/sfuukei/fe_sf_19961213_01.htm